青木ヶ原

 車道沿いの空き地に車を停めて、田上アリスを捜し出すために塩沢は再び鬱蒼とした奇怪な森に足を踏み入れた。森は緩やかな勾配が続き、車道の白いガードレールを目印にして奥へ百メートルほど行くと、大きな窪みにさしかかった。その窪みには倒木同士が重なっており、いったいどれほどの年月が経っているのか、想像を超える原生林だった。風化した溶岩流の森のなかで太いアカマツとブナの木が、まるで何百年もケンカしていたかのように、苔むしてもなお双方の幹は絡み合い、その古い幹からくねくねと何度も寄生しては生えて来る長い枝は、新たに緑の葉を付けて天を仰いでいた。こんな薄暗い森のなかでも、時間帯によっては陽が射す瞬間があるのだろう。枝々は頭上の狭い空に両手を伸ばし、拝んでいるかのようにみえた。
「おおーい。アリス、どこだ? 大声で叫んでくれ!」と塩沢は大声で叫んだ。すると遠くから、「ヘルプ・ミー」と今にも泣きそうな声で遠くからアリスが応えた。樹海でかくれんぼうをしたかったアリスの天罰なのか、ケガでもしたかのようだった。塩沢は遠くから聞こえたアリスの声の方角を目指して再び歩き始めた。何度も声を交わしながら、やっと見つけたアリスは右足を捻挫して座り込んでいた。塩沢が後ろを振り向くと、白いガードレールが見えなかった。「まずい」と思った塩沢は、ふとアリスの背後の向こう側で、赤いダウンジャケットの人がすたすたと平坦な道を歩いているのに気がついた。幸運にも近くに散策道があるようだった。塩沢はアリスを背負った。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2020/10/08)

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