シネマ日記 2003

『ボーン・アイデンティティー』(2002米 119分)   監督/ダグ・リーマン、主演/マット・デイモン
昨年の今頃は、世間が盆休み直前とあって、相当無理して仕事に励んでいたが、結局はそれが何の実も結ばずに、お盆1週間まるごと緊急入院というハメになってしまったのだが、もうあれから1年になるのかと感慨深いものがある。一生懸命だけでは、何も実を結ばないということが判ったこの1年であったが、では、何をすれば実を結ぶのだろうかと考えると、やっぱり何も思い浮かばないのは、ここに途轍もなく大きな壁が立ちはだかっているということかもしれない。それが資金力なのか才能なのか、相変わらず悟りが悪い自分なのだけれども、野望であれ欲望であれ、あるいは精神論からの希望であれ、やっぱりそれらに夢中になれないのは、自分が弱いからというよりも、経営者として肌に合わない針路なのだと思える。平凡でも夏の海の風を心地よいと感じられたり、気持ちよい汗をかいた後で冷たい飲物をグイっと飲める幸福感だとか、そんなささやかな日常の健康に恵まれているだけで、それ以上の物欲も金銭欲も権威欲も何も欲しない自分は、何だかまるで禅寺の修業僧みたいだが、私が唯一他に興味がそそられるものとしては、自分の書いた小説が映画化されたら、こういう俳優に演じてもらえるといいんだがなァとか、実にたわいもない空想を描いているくらいのことかもしれない。

先日、マット・デイモン主演の最新映画『ボーン・アイデンティティー』のレンタルビデオ(1泊2日\200)をTSUTAYAで借りて、わが家のオーディオを通して鑑賞したが、久し振りに映画評を書く気になった。まず、サウンドがすばらしい。本当なら当店Webの「シネマワールド」の「シネマ日記2003」に書くべきところなのだが、何せ連日忙しいこともあり、ついついこんな「ダイアリー」のようなところで書いている始末となる。まあ、何を書こうが日記だから気兼ねが要らないのも事実だ。さて、その映画『ボーン・アイデンティティー』だが、以前に観た『リプリー』から今回はガラリと役が違ったマット・デイモンだが、すぐに映像から思い浮かぶのは『マトリックス』の格闘技や007の米国版アクションである。ハリウッド映画の最近の傾向の代表ともいえる。ハリウッドの映画俳優はすべてといってもいいほど、自分達の映画を完成するために、自分達の肉体改造までしてゆくところが日本の俳優と大きく違うところだ。このことはアンジェリーナ・ジョリー主演の『トゥームレイダー』でもいえることだが、男女共に強靭な体力作りと特訓を日々励んでいるところは実に素晴らしい。映画は物語りするだけでは興行成績が上がらないのか、俳優達も肉体改造に努力し、VFXではハリウッドならではの桁違いの高度な視覚効果の映像技術も群を抜いている。到底日本では出来ない映画作りである。

ただ、その一方で、生きるということと、殺戮映画の日常化に満足してしまう娯楽映画の究極にあるものは、名作というものが果たして来た人間テーマが希薄になりかけている矛盾はこわい気もする。現在、感動を呼ぶ名作がハリウッド映画界に無いわけではない。いや、むしろたくさん今もアクション編とは別にちゃんと製作され続けている。その豊穣な映画産業は見事というしかない。『アンドリュー』などは単に映像マジックのロボットではなく、実に心温まる人生哲学を披露してくれたし、2002年のトビー・マグワイヤの『スパイダーマン』は実にヒューマンなタッチで映像化されている。これもVFXの最新映像技術で製作費は166億円といわれるからスゴイの一言に尽きる。いろんな形で楽しませてくれるアメリカ映画スクリーンだが、この勢いづく情熱が日本の風土ではまるで育たないかに見える冷え切った現実を眺めると、どうもやはり映画産業の骨格に重大なる欠陥があるようにみえる。映画会社側にではなくて、庶民側に夢が持てないようにしている日本社会の冷たい構造の暗雲が覆っているのがその要因のように窺える。観客がたくさんいてこそ、映画産業も盛り上がるのだが、アニメの『千と千尋の神隠し』が異例の観客の多さに比べて、映画俳優の出演する映画がその逆という現実は、いったい何を表わしているのだろうか。アメリカ映画は夢をリアルに映像化してくれるが、日本映画にはその夢が見事に消えている。経済的には豊かになっても、子供ごころのような純粋な夢を持てなくなってしまった日本人が圧倒的に多くなってしまったということなのだろうか。そう思い込んで、夢を紡ぐ私のような無名の三文小説家は、それほど人生を急いでいないので、才能もなく、のんびり屋でもあるということだろう。

(2003/09/05)

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