シネマ日記 2007

【2007年 記憶に残る映画 (その2)】
フィギュア・スケートの浅田真央選手が今季ショートプログラム(SP)で使用している楽曲は、映画『ラヴェンダーの咲く庭で』(2004年英 104分)で流れる音楽であるが、この映画について触れてみる。映画の終盤で、ポーランド人の若きヴァイオリニスト、アンドレア(ダニエル・ブリュール)が晴れ舞台で唯一弾く演奏曲となっている。時代は第二次世界大戦直前頃で、1936年イギリス、コーンウォール地方の海沿いで暮らす初老の姉妹が登場するところからこの物語は始まっている。そして、いよいよ物語の終盤で映画はこの切ない楽曲を聴くところでクライマックスを迎える。演奏される場所はロンドンのクイーンズホール。曲目のタイトルは「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」と紹介され、ソリストが若き天才、アンドレア・マロフスキであると紹介される。実際のソロ・ヴァイオリン演奏はジョシュア・ベルで、作曲はナイジェル・ヘスが手がけている。演奏の出だしは静かにオーボエから始まる。そしてオーケストラの演奏に包まれながらソロ・ヴァイオリンが悲しく鳴り響いてゆく。不穏な歴史の地響きを掻き消すように、まさにドイツ軍がポーランドに侵入して来る雲行きで、世界大戦突入直前のきな臭い空気を払い除けるかのように音楽が響き渡るのだ。そんな母国ポーランドから渡米を目指してイギリスのコーンウォールの海岸に難破漂着してしまったアンドレアだが、映画に登場するすべての人物が実に見事な演技で、その当時の素朴さや華やかさが違和感なく描かれており、ストーリーに吸い込まれてしまったのは圧巻だった。短編小説はこうあらねばならぬお手本の一つといえる。原作はウィリアム・J・ロックとのこと。これを映画に脚本化して監督したチャールズ・ダンスもすばらしい。初監督作品とのことだ。

この映画をあらためて見直してみると、主人公はやはり初老姉妹の妹アーシュラ(ジュディ・デンチ)ということがうなづける。女優ジュディ・デンチといえば、すぐにジェームス・ボンド・シリーズ007のイギリス諜報部長M役を私などはすぐに思い起こしてしまうが、俳優としての経歴は頗る輝かしい経歴の持主でもある。一方の姉ジャネット役を演じた女優マギー・スミスといえば、やはり最近のハリー・ポッター・シリーズでお馴染みのマクゴナガル教授をすぐに思い起こしてしまう。こちらも大ベテランの輝かしい経歴の持主だ。二人の競演が実はこの映画の味わい深さの核として横たわっていて、何とも小気味よい。最初に観た時は、70歳過ぎの老女が何ゆえに若きヴァイオリニストに恋心を抱いてしまうのか誠に奇異であったが、姉以外に深い人間関係を持たず隠匿的で静かな生活に甘んじていたアーシュラにとって、若き美男のアンドレアの出現は微かな異性に対する恋慕の想いが芽生えても不思議ではなかったのかもしれない。男であれ女であれ、初老を迎え年を重ねても若い異性を慕う気持ちが少しでもあるというのは、何も感じなくなってしまった鈍感な老人よりかは、人間らしくて、ましかもしれない。今回、自分のスケートに浅田真央選手自らが選んだ楽曲によって鑑賞する機会を得た映画『ラヴェンダーの咲く庭で』との出会いは、観終えた後、何だか19世紀のすばらしいフランス絵画にでも出会えたような感情が残った。いい映画だった。映画の始まりとエンディングもまさに一枚の油絵のように印象付けられて仕上がっていた。

「Figure Skating 世界の中の日本」より  (2007/12/28)

【2007年 記憶に残る映画 (その1)】
今年をふりかえって調べてみると、1月から先月の10月までに観た映画の総本数は、TV映画を除きレンタルDVDを中心にして、89本だった。その中でも特に記憶に残った映画をたどってみる。大正の童謡詩人、金子みすずの半生を描いた松たか子主演の『明るいほうへ明るいほうへ』、これはビデオで観たが、実際の過酷な運命を少しやさしくきれいに描かれているのではないかと思った。私は金子みすずの半生を多角的に資料調査もしてみた。同じ詩人としての立場や、白い眼で見られがちな、経済力に乏しい文学生活への偏見や、弟を除いた周囲の無理解による孤独感、そして何より遊郭びたりの夫の女遊びによって感染した梅毒の発病と病苦、やがて離婚、愛するわが子との強引な離別、生きがいのすべてを剥奪され、絶望の果てに自殺、享年26歳の薄幸な生涯は、実に無惨ともいえる。泥沼の人生の上に咲いた一輪の花は、命短くも紅い蓮の花のように清雅だった。幼い頃から感受性が豊かであったみすずは、仙崎漁港から見える美しい日本海を望みながら自然に親しみ、童謡詩の才能をひろげていたが、途中から、破綻してしまった自分の家族を守るために、好きでもない縁談をして相続結婚をする。その頃から徐々に人生の歯車が狂い始め、やがて羽をもがれてしまった小鳥のように身もボロボロに朽ちてゆく。その生涯は陰惨でさぞかし哀れであったろう。唯一残されたすばらしい詩の数々が、今は多くの人々から愛されてはいるが、それらはすべて献身的なみすずの犠牲から生まれて来た形見のようなものである。詩人の魂の、天から降って来るような、一人娘への愛のしずくであったろう。

最新の人気映画がDVD化されたものは、洋画邦画問わず出来るだけ鑑賞しているが、今年はCGアニメにも注目して来た。『ハッピー・フィート』、『シャーク・テイル』、『モンスター・ハウス』、『コープス・ブライド』、『チキン・リトル』、『ファイディング・ニモ』など新旧いろいろ。とりわけ『ハッピー・フィート』は環境問題と人間実写との融合だけでなく、迫力満点のCGテクに劣らない物語構成が実にすばらしかった。愛と勇気と冒険ファンタジーに包まれた、大人向け子供向けの感動大作であった。第79回アカデミー賞長編アニメ映画賞も受賞している。それから、どうしても忘れられない1本が、レオナルド・ディカプリオの『ブラッド・ダイヤモンド』である。私は映画のテーマを良しとした。セレブやお金持ちが大好きな人たちにとっては、痛い教訓映画であろう。1999年アフリカ、内戦に揺れるシエラレオネ共和国で、ダイヤモンドの密輸密売の実態を鋭く描いた社会派映画の問題作である。RUF(反政府軍)による人民の虐殺や拷問、子供たちを拉致して銃を持つゲリラに洗脳させたり、不法ダイヤの採掘をさせることで、武器輸入の資金源にするなど、「血に染まったダイヤモンド」を象徴した衝撃的な映画だ。アフリカの過酷な貧しさと犠牲から生産されるダイヤモンドのなかには、そういった不透明な闇社会から侵入して来るダイヤも今だにずいぶん混ざって流れて来ているようだ。また、この映画の「ロンドンへ」というアダージョのような音楽は、とても美しい旋律をしていて心に残った。さて、それにしても、豪華なダイヤの指輪をして有頂天になっているセレブな婦人たちのなかには、そんな血塗られたアフリカの怨念が宿っているダイヤもあるかもしれないから、身を贅沢に飾るのもよいが、ほどほどに。美しい心の宝石もお忘れなく。

(2007/11/05)

『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(2006年米 104分)
監督:ジャスティン・リン/主演:ルーカス・ブラック/出演:ナタリー・ケリー バウ・ワウ ブライアン・ティー サン・カン】【カー・アクションコーディネーター:レーサー土屋圭市(本家本元ドリフト・キング)】   人気カー・アクション・シリーズの第3弾で、ドリフトのドライブ・テクニックが高速バトルで展開してゆく。半端じゃない危険な高校生たちのカー・アクション映画ではある。車好きなトラブルメーカーの高校生ショーン(ルーカス・ブラック)は、ヤクザの血をひくタカシ(ブライアン・ティー)ことドリフト・キングと呼ばれるその道の天才ドライバーと対決することに。次から次へ超絶にして異常な究極マシンの爆音が唸りをあげてゆく。交通違反は当たり前、夜の東京ネオン街に疾走するアンダーワールドな青春群像がきらびやかに浮かびあがる。実際のロケ現場はロサンゼルスで東京の街に変身。物語はさて置いて、この映画のみどころはドリフトのテクもいいが、全体を通じて音響効果が抜群にすばらしいということ。久し振りの感動サウンドに出会った。実際のエンジンの爆音やドリフトのタイヤ摩擦音、激突シーンの集音がかなりマニアックに音質をひろいあげている。DVDの特典メニューを観ていると、映像シーンも音声担当も動くゴーカートに機材を搭載してカメラとマイクが追い駆けているのがわかった。極力CG技術の手助けを借りずに、本物の動きの再現を忠実に構成してゆこうとする映画づくりが功を奏していたようだ。疑似音でないのが素晴らしい。エキストラに4000人の通行人を配置したり、俳優たちに少しだけドリフトも自ら体験させて雰囲気を体感させながら撮影していったようだ。実際のカー・アクションはすべてレーサーのスタントマンを使用して撮影しているので迫力は凄い。俳優がそのまま車の過激なスタントをしてくれそうなのは、『トリプルX』のヴィン・ディーゼルくらいかな、と思っていたら、映画の最後にヴィン・ディーゼルが本当にチラリとだけ特別友情出演して来てくれたのには驚いた。映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』全体に漲る音楽、さまざまなサウンド、たぶん最高にして最優秀音響録音賞に輝くだろう。オーディオを通したホームシアターとしては、最高レベルのサウンドが体感できた。こういった映画とはなかなか出会えるものではない。

さて、それはそれとして、この映画には冒頭に警告と注意書きと免責事項が盛り沢山だ。あくまで映画であるのに、決してマネはしないで下さいだの、当然なことなのに、公道でマネをしたがる暴走族も少なからずいるのであろう。しかし、現実的にこの映画のようなドリフト・テクは、サーキット場などでよほどプロ並みの猛練習を毎日積み重ねないと出来ない。とても素人に出来るワザではない。せいぜい横転し炎上して事故死でもするのがオチであろう。最悪、他人の命まで巻き込むなんてことにでもなれば、愚かで無責任なヘタクソ運転の極み、みっともない一語に尽きる。その罪悪は罰せられるのみ。まあ、普通はやめておいたほうが利口だ。車が本当に好きなら、マナーとしてはいついかなる場合も紳士淑女であることが最良だ。本物の男らしいカッコよさとは、車の種類や馬力に関係なく、どんな車でもダンディーに乗りこなせる運転さばきと腕と度胸である。わたしは普段からそう考えている。また、そのように何十年も運転して来た。ダテに優良運転者ではない。車は中古車でも、大きな車でゆったりと、威風堂々と静かに走り抜けたいだけだ。くつろげる贅沢な時間を、誰からも束縛されたくはない。美しい風景に溶けてゆきたい時間を求めたいだけだ。(※この映画感想文は今年2007年2月9日付で当Webの「オー! サプライズ」で書いたものであるが、日本の公道で何者かによって違法なドリフト走行が頻繁に繰れ返され、追い越し禁止の車道中央線の金属反射パットが破損ないし無くなっているとのことで、誠に残念なニュースが取り上げられた。映画のマネをしたがる若気の至りは世界共通のようだ。日本の国土は狭いので、どこかにドリフト走行の公認競技場所が山中にあればいいかもしれない。ゴルフ場ばかりを全国に造って山を削り自然破壊して来た日本の大人たち、日本の山河の至る所に道路を張り巡らしては自然の生物や動物を追い詰めてしまった今の日本社会の構図に、人間の心は知らず識らず歪み、すさんでしまったのだろう。)

(2007/06/04)





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