シネマ日記 2010 - 2011


『チョコレート・ファイター』(2008年タイ 93分)
【監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ  主演: ジージャー・ヤーニン・ウィサミタナン】

この映画の見どころは、何と言ってもジージャーのアクションに尽きる。DVDの予告編で以前から観てみたいと思い、何回観てもやっぱりいいなァ、というのが実感。日本の女優にも海外の女優にも、このようなアクションスターはいないような気がする。現在のアクションスターは、ワイヤー・アクションだったり、スタントマンの吹き替え代行だったり、CGを使ったりするのが、危険を回避する場面での常套手段として通例なわけだが、それらを一切使わないこの映画のために、いったい何がそこまで過酷な演技を俳優に課してあるのか、またなぜそこまで俳優自らがあえて挑戦し続けるのか、監督側の過激ともいうべき強烈なリアルさの追求があるにせよ、そのリアルなシーンの一齣一齣には、言葉にならない凄みと鳥肌が立つほどの緊張感と圧巻が襲って来る。その手応えは観客に有無を言わせず、尽きることのないその醍醐味と恐ろしいまでの迫真の演技は確かに事実として否めない。わたしはふっとブルース・リーの映画と重なってゆく緊密な空気を感じてしまう。この映画作りの根底には、やはりブルース・リーのような体を張った武道家としての洗練された積年の品格のようなものが真剣に受け継がれているように看て取れる。70年代に彗星の如く現れたドラゴン・シリーズの数少ない名品に酔い痴れていたわたしは、映画館に入り浸りだった青春時代の頃をつい懐想してしまう。

映画『マッハ!』の監督プラッチャヤー・ピンゲーオの名もさることながら、新人ジージャーが6年もの歳月をかけて主人公ゼン役を造り上げていった俳優業というものに大変敬意を払いたい。世界的逸材ここにありというべきだろう。ハリウッド顔負けのタイ国若手女優に世界各地から拍手喝采の絶賛があって当然といえる。映画『チョコレート・ファイター』の主役を務めたジージャー本人の経歴で見落とせないところは、彼女がカセン・バンディット大学の映画・デジタル学部を卒業して、きちっと映画学の基本を学んでいるということだ。ハリウッド俳優陣と同じようにちゃんと学問的にも体力的にも基礎を身に付けているということだ。それに比べて日本のチャラチャラした外見頼みの女優気取りで浮かれている三流タレントの何と多いことか、本当に恥ずかしくて情けなくなる。

ジージャーの祖国タイという国柄の歴史背景や政治・社会情勢の実情から迸って来るエネルギッシュな、ど根性さと、王国の立憲君主制のなかでの民主主義を掲げるタクシン派勢力摩擦との攻防など、軍事クーデターも実に多い過去の経緯から察すれば、あの漲る映画文化やムエタイの格闘技も頷けるというものだ。そこへさらにニューハーフ風俗も加わるから、異常な雰囲気も妙に醸し出されるわけである。映画『チョコレート・ファイター』の中でも実際に当然の如く暴力とニューハーフとムエタイのごった煮が出来上がっていて、タイ特有のキャラクタがまめに混在していて無理もない。しかし、その風俗描写と製氷工場や豚肉工場内などでの格闘シーンは、見事な映像手法も加わって鮮烈でありグロテスクでもあって、実に異彩を放ち迫力が伝わる。あえて俗悪なユーモアもふんだんに描かれていて、そんな中にジージャーのアクションだけは、なぜか限りなくみずみずしくて純粋なまでに昇華され高揚し、とても強いカンフーが展開されてゆく。すっと高く伸びる前蹴りは芸術的にも美しい。その上、彼女自身、アジアの美少女としてもとても可憐だ。2010年の今でこそ20代半ばの大人の女性になりつつある年齢ではあるが、次の映画作品にも大変興味深く期待したいところだ。

11歳でテコンドーを始めた少女がやがてバンコク・ユース・テコンドー大会で金メダルを獲得するなど、少女から大人へと成長してゆく過程で、18歳で映画『チョコレート・ファイター』の主役に抜擢されるまでになり、そこから4年間の基礎トレーニングを積み、さらに映画の撮影に2年をかけて、合わせて6年という長い歳月を経てやっと映画は完成に至るわけだが、そこまで綿密に完成度を上げていった彼女の気魄と映画に対する情熱や飽くなき姿勢は、今の若い日本人女優たちにとって最も多くを学ばなければならない。なにもアクションを大いにやれと言っているのではなく、アクションすらまともに出来ないメーク頼みの安っぽいセリフしか憶えられないような役者は、映画をナメるなと言いたいのだ。今の日本のTVドラマがつまらなくなって来たのも、役者の質が下がって来たのもあるが、監督や脚本家がそんな役者にちやほやと迎合してしまっているのも要因だろう。そんな日本のお粗末な芸能界だからこそ、世界に通用するドラマが生まれて来ないのは当然ともいえる。映画やTVドラマは原作の力だけではダメで、役者の力量にすべてはかかっていると言ってもよい。今の日本に一番欲しい女優は、ジージャーのような本気の専門家である。

(2010/03/18)



『チョコレート・ソルジャー RAGING PHOENIX』(2009年タイ 114分)
【監督:ラーチェン・リムタラクーン   主演: ジージャー・ヤーニン・ウィサミタナン】

ジージャー待望の第二弾映画『チョコレート・ソルジャー RAGING PHOENIX 』をDVDレンタルでついに観た。やっぱり凄い。女優アクション・スターの醍醐味は半端じゃない。ストーリーでさえも吹っ飛ぶ。日本の女優でいったい誰がここまで出来るかといえば、誰もいない。外国にもアクション女優はたくさんいるが、カンフーや格闘技でここまで出来る達人がいるかといえば、わりと少ないだろう。この映画の中で悪役を演じるギャング団の女ボス、ジャガー・ロンドンを演じた大柄のルンタワン・ジンターシンは柔道家にしてボディービルダーだが、可愛らしい小柄なジージャーがとても小さく見え、ルンタワンなどはその意味でも貴重なアクション女優といえる。多くのアクション女優はスタントを使うか、CGやワイヤーアクションなしには演じられない。『キル・ビル』のユマ・サーマンも日本刀を持てば凄みもあるが、女ブルース・リーはなかなかいるものではない。演劇を学び、格闘技を身に付け、苦しいトレーニングに耐え、絶品の映画作りへ果敢に臨む真摯な俳優魂は尊敬に値する。この映画『チョコレート・ソルジャー RAGING PHOENIX』の作品内容や評価については、私はまったく気にしない。凄絶な描写は危険を伴い、今回の場合もジージャーの危険な負傷には心が痛む。あまりに無謀で、よく生きているなあ、というのが感想。満身創痍もいいが、安全なやり方で撮影してほしいと思う。

昨年12月にNHKのBS番組で「アジアンスマイル」というドキュメンタリー番組があって、ジージャーを取材したものが放送されたが、私は早速録画した。本当に凄いチャレンジ精神だと思った。映画を完全に超えている。そういう目線で彼女の演技や映画を多くの人たちに観て楽しんでもらいたいと思う。なにせ体を張った映画には、ごまかしが効かない。4メートルもの高い所から転落して背中から落ちるなんて、とても見てられない。土の下にはクッションが隠してあるのかもしれないが、それにしても落ちたあとの反動が硬いためかリアルすぎる。だが、彼女は実際にそれで首を強打して命を危うくした。自分が死んだら誰が母を楽にしてやれるのかと親孝行のジージャーは、自分の亡父にも悔やんでいる姿は、切ないほどいじらしい。また、ぼろい吊橋での格闘シーンで最後に暗い底に落ちてゆくサニム(カズ・パトリック・タン)の場面はCGだとしても、人間の動きはすべて実写だ。そして、女ボスのジャガー・ロンドンとの決闘は実に圧巻だ。タイの格闘映画には、トニー・ジャーを初めジージャーといい、本当に頭の下がる思いがする。それに比べて、行動力と実行力に乏しい日本の俳優陣は情けなくなる。顔さえよければ主演になれるバカバカしさは、日本だけかもしれない。それでも最近のアニメ実写版の邦画『あしたのジョー』(2011)などを観ると、日本人の俳優も近年それなりに体格づくりや努力はしているように窺える。いくらCGやVFXが盛んだからといって、登場人物がモヤシばかりの主人公では、げんなりする。矢吹丈を演じた山下智久、力石徹を演じた伊勢谷友介、彼らのような俳優魂を持った若い俳優がどんどん出て来てほしいものだ。海外では当たり前のレベルなのだが、どうも日本映画には俳優自身の気構えが軟弱すぎるようだ。

綾瀬はるか主演映画の女・座頭市『ICHI』(2008)を観ても、どちらかといえば、アクションよりも劇画的装飾要素を優先してみえる。これも一つの邦画の特徴ではあるが、中村獅童と竹内力だけは役者として堂に入っているものの、中村獅童はジェット・リーとの共演映画『SPIRIT』(2006)で日本刀さばきの殺陣(たて)を見せてはくれたが、迫力には欠けていた。もう少し筋肉の鍛錬が必要であろう。ジェット・リーの影響は受けたはずだ。洗練された格闘の技には、何年も何十年も修行しなければ身に付かないものだ。スティーヴン・セガールもいいお手本ともいえる。と同時に、鍛えるだけでは俳優になれないので、そこからどう演劇のエキスパートになれるのかは、より良い原作や脚本に出会うか、また、どんな監督の元で律してゆくのかも左右されるだろう。さらには一流の世界的映画会社に出演してゆくのも肝心といえる。タイ母国でのジージャーの活躍は、将来、ハリウッドで知名度を上げることにもつながってほしいものだ。次回作の『ジャッカレン』や『THE KICK』、『トム・ヤム・クン2』、『チョコレート・ファイター2』など、目白押しなんだから、今後の楽しみはさらに倍増だ。可憐で強靭、アジアのスーパースターことジージャー・ヤーニン、世界屈指のアクション女優であることには間違いない。

(2011/11/15)

文・ 古川卓也





制作・著作 フルカワエレクトロン

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