土橋

「おひでや。またここでさぼって、ここに何かあるのかえ?」と姐御の鶴子も腰を下ろして寄って来た。薄い夏木綿の着物を召した秀丸は、鶴子には返事もせず川面をじっと眺めていた。浅野川の上流は石ころと砂礫と草の生えた、だだっ広いだけの河川だったが、秀丸は水が流れている所まで土橋を歩いて、そこにしゃがんでは、浮いて流れてゆく枯草を見つめながら耽るようになった。くすんだ藍色の小千谷ちぢみを着た鶴子は、秀丸がこの頃よく鼈甲トンボのかんざしを差しているので、「珍しいトンボのべっこうやなあ。どないしたん?」と訊くと、
「うちが買ってん。お客やない」と秀丸は素直に答えた。
「ふうーん。トンボと橋と、いつも同じ場所やし。何やろな」と鶴子は訝しげにつぶやいた。
 東廓の酌婦になった秀丸の本名は秀子で、九歳の時に鸚鵡屋で女中奉公するようになり、学校には行けなかった。幼馴染みの将太とは八歳まで兄妹のように育ちながら、ある日突然生き別れとなってしまった。またいつかは一緒に遊べると思っていたが、十六歳になった今も、それっきり再会することはなかった。主計町の土橋と河原で将太とよく遊んでいた秀子は、銀ヤンマを網で捕る将太が勇ましく見えた。棒の先に糸で結んだ生きたメスの銀ヤンマを飛ばしてグルグル回していると、オスが近付いて来たところで、パッと網で捕獲するのである。そんな将太には二度ともう会えないと判った秀子は、
「おツルはん。泣いてもええか?」と鶴子に寄り掛かった。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』より
作・古川卓也
(2020/10/29)


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