
| 厳島神社の大鳥居 |
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| 厳島神社 いつくしまじんじゃ 公式表記 : 嚴島神社 |
| 文・撮影 古川卓也 文字サイズの変更: |小|中|大| |
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大晦日ぎりぎりまで厳島神社の画像と執筆をしている。2000枚もの撮影画像からピックアップしては、あーでもないこうでもないと迷いつつ、結構楽しんでいるのかもしれない。年末ぐらいゆっくりと映画を観たかったのに、仕事も大変忙しく、へとへとなんだけど、ホームページは私のすべてであって、SNSやスマホのような小さい画面は老化してゆく体には無理のようだ。視力の衰えを今はいちばん心配している。PCでSNSはいくらでもできるが、SNSに魅力がないのも事実だ。やってられないのが本音ともいえる。あまりに非科学的な言動であったり、幼稚であったり、浅はかで稚拙な奸計であったり、大体私自身が欲が無いから、投資や賭け事や過剰な宣伝文句に靡かないのだ。小説家は相手の言葉をつい研究しがちなクセがあって、言葉遣いからその人の人格や教養まで見抜いてしまう、というか、単純に、感じやすいのかもしれない。人間性を分析しても仕方がないのに、つい、いろいろあれこれ推察しようとするから手に負えないと、自分でも思っている。人を観察してしまうのだろう。三島由紀夫は「もう一つの眼がほしい」と言って、いろんな眼を10個くらい持っていたようだけど、ほとんどが「知の大系」ではなかったかと私はおもっている。いったいどんな会社で働いて来たのか、いったいどんな仕事を社会で貢献して来たのか、彼の膨大な著作からは判断できないが、意外と世間知らずのお坊ちゃんだったのかなともおもえるのだ。それでも、三島の書くものはみんな好きだったような気がする。文体が特に好きだった。『豊穣の海』4部作は全集を買って、一年かけて読んだかな。とにかく文章の影響はかなり受けているとおもう。 |

| パラパラ漫画風の鹿ちゃんも初詣 |
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撮影した画像が優れているのではなく、その時に撮影された風景が活き活きとして素晴らしいのである。どんな被写体も自然体であり、海があり、山があり、常緑の木々があり、生き物が呼吸しながら太陽の光を浴びては、モソモソと動き始める。宮島の森に生息する四本足の鹿が下界に降りて来てはエサを探しながら、とぼとぼと歩き始める。退屈そうな時間が流れ、人間の食べ残した食糧に関心は無さそうだ。商店街の通りを堂々とゆっくり歩く姿はむしろ神々しい。奈良の鹿たちとはだいぶ違うようだ。餌付けされてない習慣は立派にも思える。
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| (2025/12/31 - 2026/01/04) |
| 制作・著作 フルカワエレクトロン |