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鯉の行方(ゆくえ)
            恋の行方(ゆくえ)

(前編)


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夏美と昇太はお隣りさんの家同士の縁もあって、保育園も小学校も中学校も同じで、3歳から15歳まで幼馴染の仲だった。幼い頃から一緒に遊び、一緒にご飯を食べたりして育っていった。ひとりっ子同士だったのも自然と兄妹のように仲がよかった。3ヶ月ほど昇太のほうが早く生まれていた。そして、両家とも共働きだったので、昼間の学校以外はいつも二人っきりになる時間が多かった。夏美の家では祖母が夏美の身のまわりを世話していたが、昇太の家ではいつも両親が早く出勤してて、夜の帰宅も遅かったので、昇太が夏美の家にいる時間も多くなっていた。

勉強も二人で宿題をこなしていたが、夏美のほうが小学校も中学校もどちらかといえばテストの成績はいつも良かった。昇太は同級生の男の子と遊ぶ時間が多くなり、テストの成績はあまり芳しくなかったが、夏美に教えてもらっている時だけは真面目に勉強に取り組んでいた。

互いに中学3年生になった、そんなある日、夏美は大学へ行くために普通高校への受験勉強をし始めたのだが、昇太は早く何かの職人に就きたいなと言い出し、工業高校への進学をきめたのだった。二人とも公立の高校への受験勉強を夏頃から本格的にやりはじめたものの、昇太は二人が違う高校で日々過ごすことに何の違和感も持っていなかったが、夏美の心中は少し違っていた。昇太と一緒の普通高校に通い、大学でそれぞれが持つ夢に向かって突き進めばいいと考えていたのだった。

まさか自分だけが大学に進学して、昇太が工業高校の高卒学歴に終わる職人への道を行こうとは、正直おもってもいなかった。将来、理系の大学を通う昇太と、文系の大学に通う自分を想像していた夏美は、運がよければ同じ大学の文学部と工学部で、いつかまた何かのサークルで一緒になれるかも、と単純に脳裡をかすめていたのである。

けっして口には出せないけれど、ずっとずっと幼かった頃から夏美は昇太のことが大好きだったのだ。だのに、
「オレ、工業高校に入学できたらさ、機械科のメカトロニクスを学びたいんだよね」と昇太は言った。
二人は家の近所にある公園のベンチに座って話していた。
「メカトロニクス?」と夏美は訊き返した。
「ロボットに興味があってさ。あの高校、全国高校ロボットコンテストに準優勝したこともあるんだぜ」
「へええ。そうなんだ」
「ロボコンもいいけど、どうやってアレを動かしてるのか、電子頭脳のメカニックに興味が湧いてさ」
「男子って、ガンダムが好きよねえ」
「まあ、キライじゃないな。CGとかVFXとか、そんな映像もいいけど、自分で作った、電子メカ」
「たとえば、どういう形の?」
「そうだな。新時代のアンマキとか」
「ア、アンマキ? 餡巻(あんまき)なら、先週食べたばっかり。甘いの、大好き!」
「夏美はホントに食いしん坊だな。オレは、マッサージチェアのことを言ったんだけど」
「マッサージの機械なら、電器屋さんにいくらでも売ってるじゃない。いまさら電子メカって、何よ。あっ、わかった。空飛ぶマッサージチェアを作りたいんでしょ。ハハハッ」
「バカにしたな、夏美。この高級サンドイッチ、もうやんねえ」と言って、学生鞄から出しかけたサンドイッチを再びしまいかけた。
「えっ。見せて見せて。イチゴ入りが見えたんだけど」と夏美は、昇太のカバンを無理やり引っ張って開けようとすると、
その瞬間、イチゴのサンドイッチが昇太のカバンからピョーンと宙に舞って、地べたに落ちてしまった。
「ああっ!」と、先にサンドイッチを拾おうとした二人は、手を伸ばすや互いの頭をぶつけてしまった。
「いッてェー !! この石頭めが」と昇太が叫ぶや、夏美は自分の頭をさすりながら落ちたサンドイッチを拾い上げた。
サンドイッチはまだ封が開いていなかったので、外側の包装は汚れてはいたものの、中身は美味しそうに見えた。
「昇ちゃん。ごめんね、こんな石頭で」と夏美は、外側が汚れたサンドイッチを昇太に差し出した。
「夏美、頭、大丈夫か? すごいゴツンっていう音がしたけど」と昇太は夏美のおでこをのぞいて心配した。
「うん、大丈夫。石みたいに硬い頭と、“石頭”の意味とは、ちょっと違うけどね」
「まあな。夏美の頭突きは、武器だな」と痛そうな表情の昇太が言うと、
「失礼しちゃうわ。昇太のバカ」と夏美は言って、サンドイッチを持ったままベンチに戻った。
「夏美、それ好きだろ?」と昇太は夏美からサンドイッチを取って、ハンカチで泥を拭いキレイにした。
「半分オレにもくれよ」と昇太が言うと、サンドイッチを夏美に手渡した。
「ありがと、昇太」と言って、夏美は何事もなかったかのように笑った。


やがて、夏美は普通高校の三年生にもなり、昇太も工業高校の三年生になっていた。それぞれが大学受験と就職試験を控えていて、昇太は夏美に「大学受験、頑張れよ、森山」と、どこか少しよそよそしくなって言ったのが、夏美にはなにかしらさみしく思っていた。このまま共に高校を卒業したら、次第に疎遠になってゆくような気がしてならなかった。


夏美が京都にある大学の3年生になったとき、中学3年生の時の3年1組同窓会を盆休みにやるからとメールでの知らせを受けて、その頃には帰省することにしていた。昇太にも同じ3年1組同窓会催しのケイタイメールが届いていたので、当日は参加することにしていた。昇太は神奈川の大手ベアリング会社の関連企業で働いていて、盆休みには帰省することにした。レアアースを使った精密機器の工場で昇太独自の図案設計が認められ、設計開発部の部署に配属されたばかりだった。工場ラインで働く一方、ロボット工学の夢が棄て切れず、永久磁石の新たなメカニズム開発の一端を手伝わせてもらっていたのである。通常は専門資格を取得した大学卒業出身者でないかぎり、設計開発部に配属されないのだが、人材に有能さと独自性を重視する社長が、昇太の才能を認めての配属だったのである。わずか3年の社会人で昇太の抱いた電子メカトロニクスへの一歩は大きく前進していたともいえる。若者の夢を学歴よりも優先する社長も風変りといえば風変りの人ではあった。社内からも人気があって、それぞれの社員は出来るだけ適材適所の部門へ配属できるよう、配慮されていた。300人規模の会社とはいえ、従業員の一人ひとりに声をかけては目配りする温厚な性格の社長のように昇太にはみえていた。


互いに高校を卒業し離れ離れになって、あれから3年が経ち、大学3年生の夏美は、すっかり大人になっている昇太と夏の同窓会で久し振りに再会することになったのだった。たまに電話やメールもしていたが、お互いが遠距離恋愛でもない気がしていて、どちらかといえば、兄妹の再会のような気もしていた。ただ、この3年間で、二人にはどちらもまだカップルといえるような相手はそれぞれにいなかった。がゆえに、年月とともに、逆に会いたさも増していたのかもしれない。知らず知らずのうちに、特に夏美の昇太への気持ちは抑えていた分だけ、高揚があったのは確かだった。一方、昇太は社内恋愛に発展することもなく、ただ、いつからともなく高校生の時に夏美と一緒にケイタイで撮った寄り添う二人の顔写真をケイタイ画面で眺めるようにはなっていた。まさか、恋心じゃねえよな、とは自ら思いつつも、夏美にひどく逢いたい気持ちが最近になって芽生えてはいた。

そして、同窓会が適当に終わった当日の午後4時過ぎに、夏美と昇太は二人きりになって海の見える丘公園に向かったのだった。


写真

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(2024/06/28)

動画制作・動画撮影・短編小説 : 古川卓也
品質管理課: 森山夏美(イラスト:バーチャル生成AI)
2024年5月4日 厚狭川撮影
制作使用ツール:Vidnoz AI / Adobe Express / Adobe stock / Freepik / Pixabay







制作・著作 フルカワエレクトロン

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