エクレア

「ハルよ。よもぎは起きたのか?」と寿三郎が訊くと、
「はい。起きてます。ナナだけ、まだ寝てますけど」とハルは返事をした。
「仕方がねえなあ。この頃少し遊びすぎじゃねえのか。ずいぶんめかし込んで、派手じゃねえのか」と困り顔の寿三郎に、「いい年頃なんだから、色っぽくなっても、当然じゃありません」とハルは微笑んだ。
「このあいだアキラのやつ、ずいぶん強くなってな、オレを追い越しやがった」と寿三郎が面白くなさそうにハルを見つめて言うと、「ふふ」とハルは逆に嬉しそうな顔を浮かべて、アキラの成長に喜んだ。長男、長女、次男、次女の子供たち全員はハルにとって生き甲斐のすべてだった。次女の白梅には生まれつきの障害が足に残ったが、生きてゆくには問題はなかった。子供たちみんなが無事に巣立っていってくれたら、ハルはそれだけで十分に満足だった。夫と共に過ごした狗留孫山からの見晴らしはとても良く、これまで最高の環境に恵まれて今日まで家族全員が無事に生きてこれたことにとても感謝していた。
「な、ハルよ。人間たちはずいぶん美味しいものを食ってるなあ。あれは何ていう食べ物なんだ? 駐車場のゴミカゴからあふれ落ちてた細長い奴、旨かったなあ。お前も咥えて持って帰ったろ」と寿三郎が言うと、「ナナが全部食べちゃったから判らないわ。白梅とよもぎに食べさせたかったのに。でもナナは一段と素敵な濡羽色になったわね」とハルは言った。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2020/12/14)

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