プレシャス   感動のアニメ  2019

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となりのトトロ

2019年という年も災害の多い一年となってしまった。特に全国に及んだ台風によって見舞われた自然災害のひどさは苛酷なものとなってしまった。心が折れる痛ましさは、もはや言葉にならないものとなった。年々激しくなって来た水害などは目に余るひどい状況となって来ている。山も河川も荒れ狂い、なすすべもない有様だ。地球温暖化だけが原因ではない。日本列島という山河を持った国土・郷土への保全に対する林業・土木整備への愛情が薄れてしまった要因が大きいといえる。世代交代が続けられなくなってゆく林業などへの担い手を激減させてしまった要因には、自国の美しい自然を守ろうとする気概よりも、投資や賭博で楽して儲けたいという経済観念がこの国では何よりも優先されているからであろう。倫理や道徳を後まわしにして収入を一番に考える学歴社会の形が、このような被害を自ら招いているとしかみえないのはなぜか。カネのためなら平気で人の命さえ奪ってしまう事件が昨今激増しているのは、きわめて悪い傾向といえる。河川が決壊したり氾濫して住む家が浸水被害に遭い、人命や財産や家財道具や思い出の品々など、さらには生活に欠かせない電気・水道・家電製品など、情報までをも失いながら絶望的に苦しんでいる人々が一体どれほどいるのだろう。次々にやって来る台風に怯えながら、体育館のような避難所で一体どれだけの人々が泣き寝入りして泣き崩れていることか。壊れた堤防を24時間ひっきりなしに補修整備している建設土木作業員やトラック運搬作業員が必死に働いているなか、またもや雨で町中を襲う泥水と災害ゴミに格闘している人々の姿を見ていると、日本というこの国が本当に先進国なのかと疑ってしまう。ズタズタに壊れてゆくのは国土だけではなく、人間の心まで蝕まれているような気がしてならない。毎年やって来る台風といい、地震大国に住むわれわれにとって自然災害の脅威だけは全く他人事ではない。であるがゆえに、最も大切なものとは、地方・都会に限らず、われわれ国民一人ひとりが安心して暮らしてゆける国造りが最優先されるべきことではないだろうか。

「道を失えば 助けはすくなし」とは、孟子が公孫丑こうそんちゅうの章句・下で述べた言葉だが、もちろん被害に遭うような道路のことなんかではない。人の道に反する国造りをしてゆけば、そのような為政者からは国民も離れて誰も支援はしてくれなくなる、という意味だ。道義や道理にかなった道を進めば、必ず多くの者から支援され、それに反して道を進めば、誰も応援してくれなくなるということだ。戦乱と陰謀うずまく王道の中国戦国時代に生きた儒学者・孟子の訓えは鋭い。紀元前300年頃の明察と叡智に長けた孟子の苦悩と哲学は、実に高貴にして気高い訓えとなる。

ところで、話がガラリと変わるわけではないが、この頃の失われてゆく日本の美しい山河や町並みを眺めているうちに、ある日、ふっと宮崎駿のアニメが脳裡に浮かんだ。たまらなく温かい不思議なキャラクターことトトロが現れるファンタジーの世界を思い出し、しばし胸がやさしく和んだ。日本という風土から生まれた名作アニメ『となりのトトロ』(1988)は、もう二度と生まれて来ない作品になってしまうのだろうか。人の心のやさしさからしか生まれて来ない名作というものは、豊かな自然の風景や恩恵といった土壌からしか生まれて来ないのを知るべきである。荒廃した風景からは何ものも生まれて来ないのである。取り戻せるものは取り戻し、せめてこれ以上宝物の風景を破壊させないことである。世界遺産登録されたものだけを大事にしようとするのは、実に浅はかである。庶民が暮らす身近な風景や町並みの一つ一つを大切にすることが、ふるさとを残すことにもなるのだ。観光資源にしか注目しないのは、郷土・国土を守る上で実にナンセンスである。若い頃に日本列島を放浪して来た私はそれを確信している。すばらしい自然風景が、すさんだ私の心をどれだけ変えてくれたことか。そこに棲んでいる人々もどれだけ温かい人たちであったか、私は今も忘れられないのである。


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(2019/10/25)

文・ 古川卓也





制作・著作 フルカワエレクトロン