おいちぃ

 雪山で遭難したわけではなく、釜トンネルの車両通行止め規制に遭ったわけでもない。迂回して道に迷ったわけでもない。一九八三年当時にはカーナビもなければGPSとてまともに無い時代で、携帯電話はなおさら無い時代だった。ケータイが無ければ生きてゆけないらしい令和の時代から遡及して懐古するならば、まさに現代人は不愍におもえてならない。別にさして必要もないと思う高齢者もかなりいるだろう。手慣れてないというよりも、ケータイの無かった時代で堂々と体を張って生きていた人達だからである。面と向かってケンカもし、口論もする。相手の顔や素振り、体格、性格などから瞬時に判断して対処するからである。現在のような、まわりくどい、なりすまし詐欺メールや巧妙な対面詐欺、非対面の詐欺電話であれ、いろんなあの手この手を使って詐欺をする者は大昔からおり、ひっかかる者はいつの時代にもいるものである。
 さて、石橋を叩いて渡るような、こざかしい現代の話ではなく、一九八三年の奇怪なある出来事の話をしよう。私が運転する車の後部席には五歳の坊やが乗っていて、元カノから無理やり押し込まれて乗せざるを得なかった事情の子供だったわけだけれども、とっくに別れていた元カノから「旦那に借金があったの。おそろしい額なんだけど、子供もいるし、怖くなってあなたに電話しちゃった。いけないって、わかってはいるのよ。でもね」と、別れて五年目に泣きついて来たのだった。話を聞けば、ずいぶん都合のいい女だったが、「子供はあなたの子な
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/01/12)

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