く言うだろ? なっちぃには、まだ分かんないよね。朝飯前とか」 「朝ごはんの前でしょ」 「朝飯前というのは、とても簡単、という意味なんだ。簡単っていうのは、ちょろいもんだ、って分かるかな? ちょろいぜ、って言わないか」と私は説明に苦慮した。 「ユウジが言ってたよ。ちょろい、ちょろいって」 「まあ、そんな感じかな。だから、屁の河童なのさ」 「へのかっぱは、ちょろいってこと?」 「まあ、そういうことになるかなあ」 「どうして、ちょろいカッパさんは、へのかっぱでボクを食べちゃうの?」 「ああ…、五歳の子に説明が下手だったかも。なっちぃ、屁の河童のことは忘れてくれ。これはおじちゃんの作り話なんだから、聞き流してくれ。でも、その吊り橋の名前は、河童橋って言うんだ。名前があれば存在もするんだけど、河童よりさ、暑くて仕方ないからアイス食べに行こ、なっちぃ。おいちぃ夏雄さま」と私は促した。 すると、夏雄はすっと立って「へーのかっぱ、へのかっぱ」と歌うかのように、梓川の川面を振り返りながら、すたすたと川土手の方に歩き始めた。 あれから三十年が経ち、当時の元カノと彼女の娘二人がどうなったのか、私には消息は判らない。生きてゆく道が異なれ |
( 29 ) おいちぃ < 13 > |
短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/01/12) |ホーム| |