ば、価値観も物事の優先順位も異なる。時間は残酷であり、訣別は前に戻すことのできない岐路であり、選択である。一度選択すれば後戻りのできない道を進んでゆくしかない。あの上高地での夏雄との思い出は、梓川の水の流れのように大正池へと続き、信州の山岳を縫うように、やがて信濃川水系を経て日本海へと注ぐことになる。私は託された夏雄を守るために安月給のサラリーマンを辞めて、柿山一級建築士事務所に見習いで入社し、資格を得るために死に物狂いで勉強をした。雑巾がけから、あらゆる雑用まで積極的に何でもした。建築士になるための勉強は会社でさまざまなことを学び、帰宅後にも時間があるかぎり勉強をした。 私の血筋は代々から大工なので、父や祖父の大工職人としての姿も見て来ており、肉体労働は自分には向かないのをよく知っているのだ。ならば設計士になろうと決断したのである。自分の二級建築士事務所を持つのに十三年かかり、小さな設計事務所ではあるが、今も世話になっている柿山一級建築士事務所からは仕事の依頼をよく受ける。いつかは自分も一級建築士事務所を持ちたいとは思っているのだ。 夏雄は私が出社するときに私の両親が棲む実家に預けて、会社からの帰りに実家に立ち寄り、一緒に帰宅していた。小学生から高校生まで同じサイクルだった。大学へは行かせてやりたかったが、本人の強い意志で、高校を卒業すると同時に新しく立ち上げたばかりの私の二級建築士事務所を手伝うことになった。親子二人で建築設計事務所を始めることになったとき、私は思わず涙が出てしまったのを今でもよく憶えている。 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/01/12) |ホーム| |