「父さん、鍋倉さんのリフォームだけど、僕が直接見て来ます。築六十年だと、床の間の化粧柱と框は微妙ですよね。一応撮影してみて、強度も測っておきます。それでまた父さんに判断してもらいます。いいよね?」と夏雄が言うので、 「ああ」と私は応えた。 「新ちゃん、準備して」と、今年で三十五歳になる夏雄は、後輩の新田に声をかけた。 「はい。わかりました」と若い新田も応えた。 「夏雄。ついでに柿山先生のとこ寄って来てよ。なんかねえ、桃山離宮の別館で、内陣の寸法が違うらしいんだ。図面もらって来てくれる?」と私は夏雄に言った。細かい受注から欄間や建具の宮大工がする物件まで、和建築中心の仕事は多忙をきわめている。 この頃、これでよかったのだと、私はつくづく思うようになっていた。しがない大工のせがれとして生まれ、晩年まで二級建築士の事務所を細々と営み、今では一級建築士への夢をひそかに夏雄に託している。私の女房を素直に「母さん」と呼んでくれる夏雄には、なるだけ早く結婚もしてもらいたい。若い二人の女性事務員とは気が合わないようだから、職場結婚は無理かもしれない。まあ、恋愛なんて、こっそりと誰からも知られずに成就してゆくものなので、自然に任せるしかない。もう立派な大人になっている夏雄だった。建築士の卵となる後輩たちが、夏雄にはすでに三人もいるから大したもんだと思っている私は、やっぱり親バカなのだろう。(完) |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/01/12) |ホーム| |