「ボク、まだパパって呼んだ人、いないんだ」と言うので、 「ママと一緒に暮らしてた男の人がパパなんだから、その人をパパって呼んでただろう?」と私は説明した。 「呼んでたかなあ。ママがいっつもユウジって呼んでたから、パパじゃなくて、ボクもユウジって呼んでた。妹たちはパパって呼んでたけど」と夏雄は言った。 「おいおい、ウソだろ。じゃ、何か、ニセモノのパパでも、夏雄はオレのこと、パパと呼ぶのか?」と私が訊くと、 「ママが、そう言えって」と夏雄。 「いいか、そのユウジおじちゃんが本当のパパで、オレはニセモノ。本当のパパでもないし、何の証拠も無いんだよ。オレは田舎のちっぽけな町の電気屋さん」 「いいよ。ちっぽけなでんきやさんで。ねえ、あのキレイな川は、何ていう川?」 「あ~ん。あれか、やっと梓川まで来たようだな」 「あずさがわ。ママが言ってた、さんずの川じやないんだ」と夏雄が言うので、 「おーい。何だよ、それ。三途の川なんぞ渡るもんじゃねえ」と私は言った。 「わたりたーい」と夏雄が大きな声で言うので、 「バカ言うんじゃない。三途の川なんかこの日本には無い。死んだ時に渡る川のことなんだよ。ママはいったい何教えてたんだ」と私はムキになって言った。まだ五歳の子供に三途の川なんて言葉は全く要らない。少し軽率なところがある元カノが本当に親子心中でもしてしまったらどうしよう、と私はふと不安 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/01/12) |ホーム| |