聞えた。上流の遥か向こう側に聳える峻険な穂高連峰には、残雪らしきものがわずかに見えた。北アルプスの雪融け水が清冽なのも無理ないはずである。
「夏雄ちゃん、お腹空いてないか? どうだ、あの店の中に入ってみようか」と私は自分の空腹から夏雄に言ってみた。店まで近付くと、中に入っていった。やや混雑していた。
「カレーライスでも食べる?」と私が訊くと、夏雄は店内をキョロキョロして、
「おじちゃん。あれ食べたい」と言いながら、私の手を引っ張った。食事メニューとは反対側の外に近い作り立てコーナーの串刺しを指差しながら、「あれ食べたい」と促した。上高地名物の草だんごと書いてあった。草餅風の小さな団子が五個ほど串に刺してある。特製のタレを付けるとさらに美味しいとある。
「すみません。それ四本ほど頂けますか」と私が注文すると、草だんご四本に少しタレを塗ってから経木に包んでくれた。お金を支払うと私たちは再び店の外に出た。
「おっ。そこに座って食べよっか」と私は、赤い野点傘で日除けになっている緋毛氈茶席を見つけて、夏雄と一緒に草だんごを食べることにした。川の風が涼しさも運んでくれていた。
「おいちぃ」と野球帽を被った夏雄は、口のまわりにタレを付けたまま言ったので、
「おっ、そうか。おいちぃか、どれどれ」と私も串に刺さった草だんごの一つを咥え抜いてから、齧りつき、もぐもぐと食べてみた。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/01/12)

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