「なっちぃ。橋渡るの、やめよっか?」と私は夏雄が怯えているのを見て訊いた。 「……ボク、行かない」と夏雄は正直に答えた。 「おじちゃんが悪かったな。遠くばっか見てて。よし、もどろもどろ」と私は夏雄の手をしっかり握ったまま橋の袂まで引き返した。夏雄が今にも泣き出しそうで、さっきまで草だんごを食べて大笑いしてた場所まで戻ることにした。 赤い茶席の端っこにちょこんと座った夏雄はしょぼくれて、しばらくうつむいていたが、目の前の山や川に眼を遣ると、ここが今まで見たこともない風景であることが判ってきたのか、 「とてもキレイだね、おじちゃん」と夏雄は私にしゃべった。 「ああ、夏雄ちゃんに、日本一キレイな風景が見せたかったからなあ」と私は言った。 「すごいとこ、来ちゃった」と夏雄に笑顔が戻って来た。 「日本には、まだまだいっぱいキレイな場所があるんだよ」と私は今にも饒舌になりそうだったが、長話しはやめた。 「ふ~ん」と夏雄は帽子のツバを上げて眼を爛々と光らせた。 「さっきねえ、夏雄ちゃんのこと、なっちぃって呼んじゃったんだけど、おいちぃ、と夏雄をくっつけたら、なっちぃってなっちゃった。キミのこと、なっちぃって呼んでいいかな?」と私は夏雄に訊いてみた。すると、 「いいよ。なっちぃ、おいちぃ、なんでもいいよ、パパ」と夏雄は、投げやりのようにも思えたが答えた。あっけらかんとした夏雄の顔がとても逞しくおもえた。そして、私はどうしてもパパなのかと妙な気持ちをいつまでも引きずっていたが、夏雄 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/01/12) |ホーム| |