イキーはチャラ男だけど、前にいちど手を握られたことがあってね」と蕗子はしゃべり始めた。 「ええっ。あいつが?」と伊津子は訝しんだ。 「うん。冗談で手を握られたの。どっか食べに行かないって、誘われてね。勝手にグイグイ人の手を握って、行こ行こ、って」 「で、行ったわけ?」 「まさか。手を振りほどいて、二股かけないでよ、って言っちゃった」 「バカねえ。冗談でも行っちゃえばよかったのに。マイキーは独身なのよ。いろんな子に声くらいかけるでしょ」と伊津子は蕗子をたしなめた。 「いっちゃんの本命は誰なのよ? 教えて」と蕗子が訊くと、 「いないいない、そんなのいないわよ。岩田屋のチョコは、全部、自分が食べちゃう。義理チョコはスーパーで買えばいいのよ。去年なんか、それでも二万円オーバーしちゃった。義理チョコも数が増えるとバカにならないわ」と伊津子は言った。 「えっ? いったい何個買ったわけ」と蕗子が訊くと、 「三十個くらいかな。上司用と一般人向けと、あと諸々用ね」 「一般人向けって、なによそれ。まるで鳩にエサまいてるみたいじゃない?」 「でも、効果はあったわよ。社内の殿方って、真面目な人が多いでしょ。十人くらいから誘われたし」 「うそ。で、どうしたの?」 「もちろん全員付き合ってあげた」と伊津子は万遍の笑みを浮 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/02/08) |ホーム| |