終らない夏

 失業してしまったのは確かに心細くはあるが、独身の高村行雄にとってはつい満遍の笑みがこぼれてしまう有意義な時間となる。頭にすぐ浮かぶのが、旅のチャンス到来ってわけだ。お堅い会社勤めでは、そうはゆかない。簡単に一週間とか二週間ちょっと旅行に行って来ます、とはならないのが現実だ。かといって、そんな長期の旅行ができる経済的な余裕は高村にはない。長期旅行には行けずとも、放浪の旅というニュアンスであれば、何とかなるのが高村の思考回路だった。
「ああっ、信州に行きてえ」と思い立つや、高村は何も考えずにすでに電車に乗っていた。目指すは長野県の青木湖。乗り継いで、ヒッチも兼ねて、この山と森の空気、梅雨明けの晴れ渡る青空、この大自然の風景を抱きしめてえ、と思っていた高村は、レンタサイクリング屋で自転車をレンタルして、青木湖を一周することにした。幸せいっぱいのひと夏をここで楽しむ、それしか頭がまわらなかった。
「こんにちは! 白馬連峰が見える場所があるはずなんですけど、どこら辺か御存知です?」と反対側からやって来た通りがかりのサイクリング仲間の人たちに尋ねると、
「ええっと、さっき見えてたのが白馬だったっけ」と一人の人が仲間に訊くと、
「秋だとわかりやすいけど、初冠雪で白いしね。夏場はわかりにくいかな」と言った。
「オレ、風景、あんまし見てねえなあ。ヘトヘトだし」と太り
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/04/19)

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