お盆が過ぎて八月も終わりだというのに、真弓の姿はあれから水掛不動尊前に一度も現われることはなかった。英國屋で別れてから、何度も電話しようかと思ったが、必ずいつか法善寺の境内に現われてくれるものと信じて疑わなかった。ただ、それとは別に、たとえ現われてくれなかったとしても、堀川の浚渫仕事だけはずっと続けようと思っていた。口の悪い先輩たちが多かったが、根はとてもみんなやさしかったからである。 九月になっても大阪の夏は相変わらず強烈な蒸し暑さが続いていた。熱中症にならないほうがおかしいともいえる暑さである。灼熱のヒートアイランドが続くなかで、堀川での水質浄化作業は意外と涼しい気もしないでもない。川沿いの街路樹から風流なクマゼミの鳴く声が、いつの間にやら聞こえなくなってはいたが、ただ、ひどい臭いだけは相変わらず水面からブクブクと立ち込めて湧いているようで、道頓堀川の夏場は地獄の釜の蓋が開いていた。そんなある日のこと、 「ちょっと休もうか」と船長が高村に声をかけた。 「あそこの自販機で、コーラ買って来てくれ」と言われて、千円札を受け取ると、 「いつもの奴で、いいんですよね? コーラ2本と無糖のアイスコーヒー2本で。ボクは冷たいアメリカンで、ご馳走になります。いっつも、おおきに」と言いながら、接岸された護岸の石段を駆け上がっていった。この真昼の休憩時間が高村にはたまらなく心地よかった。 自販機で飲み物を買って、お釣りを作業服の胸ポケットに入 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/04/19) |ホーム| |