い気もする。通勤帰りの人たちもいるのだろう。夏の名残りがまだ続いていて、石畳の境内には、ムッとした生ぬるい空気が漂っていた。西の空がオレンジ色に染まり始める頃、法善寺の不動明王の提灯にもずらりと明かりが一斉に点きはじめた。
 法善寺横丁に人が賑わい始める頃、高村はいつものように提灯の数を数え始めた。「ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。いつつ」と、ゆっくり数え始める。百まで数えたら、またお不動さんの所まで戻って、「また、あした、立ち寄らせてもらいます」と声かけて戎橋の方へ歩いてゆくのだった。この日、高村が提灯を指差しながら三十三個まで数えていると背後から、
「何しとん、そこで」と女の声がして、振り向くと、そこに黒い服の女が立っていた。
「提灯の数、かぞえてんねん」と高村は、薄暗くてよく見えない女に答えた。
 高村は提灯ばかり見つめていたので、女の顔が少しぼやけてよく判らなかった。
「うちや。うちがわからへんのか。まゆみや」と真弓は、高村に接近して顔を近付けた。
「ま、まあちゃん。ほんまに、まあちゃんか」と高村も顔を近付けた。
「ゆ、幽霊やないやろな」と高村は、少し後ずさって訊いた。
「アホな。こんなスーツ着た幽霊がおるか?」と真弓はまた一歩近づいて高村に言った。
「ほんまにほんまに、まあちゃんなんか」と言いながら、高村は腰を抜かすように石畳にへたり込んでしまった。唇が震えて
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/04/19)

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