深まっていった。峰の稜線からは入道雲がもくもくと湧いているように見えた。湖岸から見える水際はよほど透明度がいいのか、石ころの水底がきれいに透けて見えた。
 信州までやって来て、青木湖の畔で物憂げに考え事をしていると、涼しい風が湖面の方から気持ち良く吹いてきた。彼女を奪い去ってしまったライバルが、クールな風になって言い寄せているようにもおもえる。
「キミは強引に彼女を連れ戻せばよかったんだよ。ボクはどちらでもよかったんだけど、彼女は泣いていたからね。キミの方から別れたいって、言ったんだよね? そしたら、ボクがなぐさめてやるしかないだろ。ほっとけないよね。まゆみを泣かせるような奴には、渡せない」
 高村は白馬連峰が湖面に鏡のように映るのを一時間ばかし待っていたが、さざ波がいつまで経っても収まらず、あきらめて再び自転車を漕ぎ始めた。真弓の一途な愛を知らずに別れてしまった自分をいっそ目の前の湖に沈めてやりたかったが、死ぬ勇気どころか、蛇を見ただけで卒倒してしまいそうな臆病な自分が、とても身投げなど想像すら出来なかった。「ああ、オレは本当に情けない」と高村はヤケクソになって自転車を漕いでいった。風を切るように走ると、涼しくもなり、空色の美しい湖畔の景色が目に染みた。幾重かの山襞の緑の濃淡があざやかだった。

 自転車をレンタサイクリング屋に戻すと、高村は観光土産店に入っていった。美味しそうな土産を何点か買物カゴに入れる
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/04/19)

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