と、レジに向かった。と、支払いをしようとジーパンの右後ろポケットに手を入れると、財布が無いではないか。しまった、と思い自分の顔がみるみる蒼ざめてゆくのがわかる。冷や汗が出てきて、湖畔のどこかで落としてしまったのに違いない。高村は土産店の亭主に、
「さっきまでレンタサイクルで湖を一周して来たんですけど、財布を落としたみたいで、もう盗られてしまったかもしれませんね」と首をうなだれて言うと、
「ここに来るような人達は、盗ったりはせんよ。財布を盗むような住民もおらんよ。失敬な。キミは旅行者かね?」と厳しい剣幕で高村に怒った。
「あっ、すいません。そうですよね。ごめんなさい。旅行者です。もうおカネがないから、レンタサイクルで探すのも無理ですね。四時も過ぎてますし、暗くなる前に探さないと。本当にすいませんでした」と言いながら高村はレジの棚に買物カゴを置いたまま店から出た。オレはもう本当に放浪して大阪に戻るしかないなと思い諦めた。すると、店から先程の亭主が出て来て、
「どっちからまわって来たの?」と訊かれ、高村は「あっちからです」と指差して答えると、
「じゃあ、私も探してあげるから、車に乗りなさい」と亭主から促されて、高村は言われるままに助手席に同乗した。
「すいません。申訳ないです。お店のほうはいいんですか?」と高村は恐る恐る訊いた。
「女房がいるから心配は要らん」と亭主。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/04/19)

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