車はサイクリングして来た方角とは逆回りにゆっくりと走ってくれた。亭主は物静かに運転しながら、前方と道路を見つめていた。高村も沈黙したまま道路を眺めた。車を走らせて五分と経たないうちに、車が止まると、亭主は車のドアを開けて黒い財布らしきものを拾うと、 「これと違うかね?」と訊くので、高村は思わず息を呑んだ。 「これです。これ、ボクの財布です」と高村は小躍りして喜んだ。 「おカネ、全部そろってます。ありがとうございます。大阪まで帰れます」と高村。 「よかったな、見つかって」と亭主。 「人を真っ先に疑うなんて、ボクはやっぱりダメ人間ですね」と高村が言うと、 「まあ人は財布もたまに落としたり、失くしたりはするけど、人を疑うのは慎重にな。人は信じていったほうがいいと思うよ。信じられる人になったほうが生きやすいやろ」と亭主は言ってくれた。 「そうですね。いつの間にかボクは疑りぶかい人間になってたんですね。青木湖に来て、よかったです。少しまた人間回復したみたいで。今回は恋愛の傷心旅行でしたので、なんか急に大阪に戻りたくなりましたよ。おかげさまで、彼女に逢いたくなりました」と高村は笑顔を取り戻して亭主に言った。 「ほう。若いって、いいね」と亭主。 「でも、別れちゃったんです、ボク」と高村。 「どうして?」と亭主。 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/04/19) |ホーム| |