「そう。白馬連峰がキレイやねん。湖がまあちゃんの眼みたいに、澄んで清らかやった。オレ、いま反省してんねん。何回も失業して経済力がないし、そのくせ、すぐに放浪の旅に出るやんか。修行の旅して、頭、冷やしてんねん。まあちゃんと、どんだけ一緒に行きたかったか。けど、まともなホテルに宿泊できんし、まあちゃんを野宿させるわけにもゆかんやろ。そんで、いっつも一人修行の旅になってもうて」 「行雄はさあ、いっつもそうやって勝手じゃん。わたしがいつ行雄と一緒に旅せんって言うた。わたしだって修行の旅、一緒に行きたいやん。おカネの問題やない。気持ちの問題や」 「まあちゃん。今は、いつでも、どこでも、一緒に行ってほしい思うてる。オレのとこに戻って来てほしい」と高村は女々しく真弓に懇願した。 「手遅れでしょ。わたし、付き合ってる彼氏いるし。行雄とは終わってん」 「前の行雄とは終わってええよ。今のオレはリメーク版の高村光太郎や」 「アホな。いつから彫刻家になったん」 「やっと今日まあちゃんに会えてからや。オレは高村光太郎の『智恵子抄』みたいに、まあちゃんにずっと詩を書いてゆこうと思うてる。真弓はオレのすべてやった、って、やっと今、気が付いてん。もう絶対に、二度と放しとうない」と高村は真剣な眼差しで、真弓の瞳から目を離さなかった。 「困ったな。今日で行雄と会うのは、おしまいやのに」と真弓は下を向いた。そして、スマホを手に取ると、指先で操作し始 |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/04/19) |ホーム| |