めた。二人のあいだに沈黙の時間が長く続いた。 「うち、帰るわ。用事できたさかい。もう電話せんといて」と真弓は言った。 「わかった。電話しいへんけど、また会うてくれへんか。千日前の水掛不動尊で毎日待っとるし。まあちゃんが来てくれるまで、毎日夕方六時に願かけて待ってるで。新しい仕事に就いても、毎日六時には行って、何時間でも待ってるよ。おらんかったら、戎橋のスターバックス・ツタヤにおるし。な、まあちゃん。ここの勘定は、オレ払っとくから」と高村はしつこく言った。 真弓は高村の顔も見ずに席を立って、英國屋を出て行った。高村は胸のなかで後ろ姿の真弓を呼び続けた。「まあちゃん。まあちゃん。まあちゃん」と彼女の姿が見えなくなるまで呼び続けた。 七月も終わり、八月になって高村は道頓堀川の浚渫工事に関わる土木の仕事をし始めた。久間ヶ谷組関西支店の元請けの下請けの孫請けである犀川土木に雇ってもらい、大阪市内の堀川を中心に、大阪市が推進する未来型環境整備事業プロジェクトの一環として受注した土木の仕事をしていた。市内の景観をさらに美しくしてゆこうとする仕事であれば、高村にとっては何でもよかった。道頓堀川や東横堀川の水質が少しでも良くなれば、その願いは同時に真弓を待ち受ける願いと一体化してゆくのだ。これが高村の今の切ない思考回路だった。どんなに体が |
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』 (2021/04/19) |ホーム| |