浮かべた。明眸皓歯(めいぼうこうし)の看護師も白い歯並を見せて、まるで一輪の花のように笑っていた。
 念のために頭のCTも勧められたが、私は拒んでその翌日には退院し自宅に一旦戻った。中指の骨折が治るまでひと月かかり、一ヶ月ほど休業して再び鉄道保全の仕事は左手の指を庇いながら続けた。あの駅のATSの埋設工事はとっくに終わっていて、また別の区間で新たに始まるようになっていたが、私は別の作業に就くことになった。
 中山先輩は身長が一九〇センチもあり、体重は百キロを超える大柄の体形をしていたので、鉄道保全のような力仕事にはうってつけだったかもしれない。義務教育の中学をまともに卒業できずに、家の事情で行方を晦ましてしまっていた先輩だったが、森のなかに自分で小屋を作って生活をしていたというから、先輩の話がいったいどこまで本当の話なのか判らないが、シュレックじゃあるまいし、半信半疑ではあるものの、そんな彼を見つけた電設工事会社の辻野社長は彼を不愍に思ってか、今の仕事を彼に与え、アパートの世話もしてくれた経緯はやはり美談に思えた。
 そんな中山先輩が、ある日のこと、私に小さな声で「家庭って、どういうものなんだ」と訊いて来たことがある。
「家に庭があれば、それは家庭なのかい?」と先輩が真面目に訊くので、
「少し違いますね。アパート暮らしでも家庭はありますから」と私は言った。
「社長がね、中山、お前も家庭を持て、ってボクに言うんだ」
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/05/24)

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