篝火

 東山の如意ヶ嶽に送り火の大文字が華やかに点き始めると、浴衣姿の駒子は「わぁ、やっと火が点いたわあ」と瞳を大きく開けて、ぽかんと口も開いたままになった。耕太も「点いたな。点いた点いた」と言って、笑顔を浮かべた。大の字は見る見るうちに闇夜に浮かび始めた。
「耕ちゃん。わがまま言うてごめんな。おかあさんきびしいさかい、よあそびはあかんし、きめられたお稽古もまいにちせんならんし、すきな人と歩いてもあかんやろ、みつかったら、うち、はんごろしのめにあう。もう、まいこやめたいわあ」
「やめたらええ」
「あかんねん。おかあさんうちのためにようぎょうさんだらりの帯と着物そろえてくれはって、はさんすんぜんやもん。いえもとのちゃくりゅうにうまれはったさかいに、しきたりおもんじはるひとやねん。おどりにいのちかけはるおかあさんでな、駒子の舞はひゃくねんぶりのうつくしさやいうてほめちぎられてん。そんなんかいかぶりもええとこやのに、うちがなんでひゃくねんなんってきいたら、熊野ごんげさんでみたかがり火の舞そっくりにゆらめいた花やいうて、ひゃくねんにいっかいみれるかどうかやて」
「そやな。おかあさんの言う通り、駒子は日本一の花や。やめたらあかんな」
 二人は出町柳の裏通りの道で立ち止まったまま、大文字をみつめた。みんな立ち止まって眺めていた。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2020/09/23)

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