「おおっ、見える見える。雲の上はいつも快晴じゃ。真っ青な青空がよく見えるわい。早う来い。ナマコもクラゲもお前さんが来るのが待ち遠しい言うて、ワシにせがんでおるんじゃ」
 すると、史郎の病室のカーテンがまた開けられて、
「こんにちは。もう待てないから来ちゃった」とナマコの不夜子が現れた。
「ハ~イ。わたしも付いて来ちゃった」とクラゲの芽芽子が、不夜子の後ろから丸い顔を覗かせて史郎に声をかけて来た。
「キミたちは僕の夢の中によく現れていたけど、ほんとに実在してるの?」と史郎が訊くと、
「そうよ。時間切れが近づくとね、居ても立ってもいられないのよね、私たち」と不夜子が返事をした。芽芽子も首でうなずいて「うんうん」と言った。
「ナマコちゃんもクラゲちゃんも意外と可愛いんだ」と史郎。
「意外は余計だけど、私たち、思ってた以上に可愛いでしょ。天国には卑しい人間界とは違って、とてもステキな生き物たちばかりなんだから、なるだけ早くいらして、伊山さん」
 と不夜子は史郎を誘った。最早まるで史郎のベッドは海の水底(みなそこ)のようだった。たくさんのクラゲがふわふわと水中を漂いながら、史郎にまつわりついて来た。史郎の脚の(すね)には数匹のナマコが吸い付いて、膝までよじ登ろうとしている。
 史郎は「オレは明日の夜明けまで待たずに、もう天国の門にいるのだろうか」と自問すると、
「いやいや、お前さんはまだ衆生(しゅじょう)に未練を残しとるわい」
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/08/12)

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