空を舞う大きい黒い影は、死にゆく人間どもをエイの大王渤海(ぼっかい)が悠々と輪廻を折伏(しゃくぶく)する慣習だった。下界の海に生息する最大エイの大きさを九メートルとするならば、天界ではざっとその十倍にも見えてしまう大きさとなり、百メートルちかい姿を現わす。見上げた史郎の眼には、まるで宇宙船のように見えた。
「あれはキミたちの宇宙船かい?」と史郎が訊くと不夜子が、
「わたしたちの大王さまで、エイの渤海さまが天を支配なさっておられるのよ」と説明してくれた。
「エイなのか? 海にいる、あのエイかい? 大きいエイだなあ。あんなにでっかいエイが空を泳いでいるんだ。天国はすごい所だなあ」と史郎は感心した。
「じゃあ、もしボクが奇跡的に生還して、病院を無事に退院できたら、不夜子はナマコに戻って芽芽子もクラゲに戻っちゃうの?」と二人に問いかけると、
「イヤよ。史郎はここで生きるの。下界の卑しい人間たちのところには戻らないで」と不夜子は涙目で訴えてきた。
「わたしも史郎を絶対に下界には帰さないから」と芽芽子が史郎の体にきつく絡まって来た。
「ハハハハハッ。二人とも大丈夫じゃ。安心せい。史郎はもう天国の門をくぐり抜けて、お釈迦さまになっとるわい。年齢もずいぶん若うなって、二十歳の青年のようじゃ。不夜子も芽芽子も史郎を好きなように料理したらええ」と由良之助が言ったので、史郎は慌てて、
「ボクはここで魚にでもなるのか、由良之助」と訊いた。
         ( 77 )        薄青い空 < 8 >
短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/08/11)

ホーム



制作・著作 フルカワエレクトロン