「そうじゃのう。お前は鮟鱇(あんこう)に似とるから、鮟鱇がよかろう」と由良之助は答えた。
「げっ。アンコウとは失礼な。ボクがアンコウなら、お前は茹蛸(ゆでだこ)じゃ」と史郎。
「そんなタコは天国にはおらんわい。じゃが、クラーケンなら海底だけとは限らんぞい。天国の門をくぐれば空にも現われるわい。さっき、お前さまの背後に大きい目玉がチラリと見えたが、ありゃきっと怪物のクラーケンじゃな」と由良之助は史郎を脅した。史郎は後ろを振り向いたあと、
「すると何か、死んでも恐怖は付いて来るのか。何のための天国か、わからないじゃないか」と突っ込んだ。由良之助は「ふ~ん」とうなずいて、肩に乗せた重い(まさかり)の柄を降ろした。
「なあ、由良之助。さっきからボクたちは雲の上を歩いているようだけど、ここは本当にあの世なのか?」と尋ねた。
「歩いておるようで、歩いてはおらん」と由良之助。
「なんだ、禅問答でもしているつもりなのか」と史郎。
「下界には重力があるでな。歩くか、泳ぐか、立つか、寝るしかなかろう」と由良之助。
「じゃあ、この雲の上を歩いているということは、この空中にも少しは重力が残っているということなのか」と史郎。
「ならば、この鉞を持ってみるとわかるじゃろ」と言って、由良之助は史郎に鉞の柄を差し出した。言われるままに史郎は鉞を握った。
 と、その瞬間、史郎は真っ逆さまに下に落ちていった。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/08/12)

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