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映画『アトミック・ブロンド』
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映画『アトミック・ブロンド』(2017)

「東西は軍備を理由に疑い合っているのではない。互いを疑うから、軍備が必要となるのだ。ゴルバチョフ氏よ、東西を隔てる壁を崩すのだ。」と、ロナルド・レーガン大統領は、1987年6月12日にブランデンブルク門において行われたベルリン750周年記念式典のスピーチで、当時のソ連が推し進めていたグラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(政治体制の改革)を先導するゴルバチョフ書記長に向けて、東側諸国の自由拡大と、その転換方針の象徴ともなる壁を壊すようにレーガン大統領は呼びかけた。そして、その2年後の1989年11月に、本当にベルリンの壁は大衆の手によって崩壊していった。さらにレーガンはこの時の演説の中で、軍拡競争はやめて、核兵器廃絶への軍縮をも働きかけて述べていた。映画『アトミック・ブロンド』(2017)はレーガン大統領の演説ナレーションから始まり、「1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦は終結した。これは、その物語ではない」と冒頭は締めくくられる。

これはその物語ではない、とは粋な計らい。関西弁で言うなら、「おもろいやないけ」。傷まみれの女スパイことロレーン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)はイギリス秘密情報部(MI6)の諜報員。氷風呂のバスタブからいかつい背中を見せるシーンがあるが、これから展開するであろう格闘シーンの数々を予見させるものだ。変幻自在に役作りを完璧に仕上げて来る超美人シャーリーズ・セロンが本作品に5、6年前から自身製作・プロデュースを温めて来たもので、これは半端ない女優魂の格闘アクションとして象徴すべきものとなっている。単なるスパイ・アクションではなく、命がけの格闘連続シーンは最早、映画の枠を超越していた。アクション女優スターもたくさんいるが、スタントも無しで、ワイヤー・アクションも無く、すべて自ら演技を貫いたようで、何がそこまで自分の体を追い詰めてまで激闘しなければならないのか、たぶんこれが本人の生き方だとしても、その凄まじい俳優魂は友人のキアヌ・リーヴスの影響もあって、お互いに分かち合って来たものなのだろう。わたしは『モンスター』(2003)以来ずっと彼女のファンで、心底から尊敬しており、大好きな姐御シャーリーズ・セロンであるが、この強さには人知れず深い勇気もあるのだ。

映画は音質や映像でほぼ価値のクォリティーが決まるが、物語としての真価も当然必要だ。だが、最も大事な要素は、誰が演技してゆくのかで、面白さや感動はガラリと変わる。壮絶なカーアクションも『ミニミニ大作戦』(2003)でドライブテクを身に着けたというシャーリーズ。凄まじい格闘から銃撃戦までスタイリッシュにこなす彼女の魅力は、徹底的な本気モードで全開してゆく殺気帯びた点だろう。そこには時にユーモアも入り混じり、身近な調理器具さえ武器にしてしまうジャッキー・チェン風仕込みのバトルもみられる。「ジェイソン・ボーン」シリーズのような、「007」シリーズのような、1989年当時のベルリン時代色を出すためにハンガリーのブダペストでロケを敢行してゆくなど、当時のベルリンの壁を復元するために地元のアーティストたちに協力してもらった、というのもなかなかいい。さて、ここではシネマ日記を書くわけではないので、ストーリー性や映画作品について、あれこれ評価するつもりはない。まだレンタルBDでしか鑑賞していないので、4月3日発売までは1回観た印象だけで書き留めておきたい。

ちょうど同じ時期に『ブレードランナー2049』(2017)もレンタル開始されたので、こちらも楽しみにしていたのだが、先に『ブレードランナー2049』を観て、後から『アトミック・ブロンド』を観たら、『ブレードランナー2049』のつまらなさは35年前の『ブレードランナー』(1982)と一緒で、やっぱり書く気にもならなかった。あらためて『ブレードランナー』(1982)を観て、その上で『ブレードランナー2049』BDを相当期待していたのだが、残念だった。音質・映像はすばらしいのだが、物語が古臭いままだった。これにはさすがにまいった。ライアン・ゴズリング主演にも期待し、リドリー・スコット監督にも期待していたのだが、あまりに期待値が大き過ぎて、風船が針に突かれて萎んだようなものだった。今の時代にそぐわない未来図の骨董品を見せつけられたような感覚だった。その後で『アトミック・ブロンド』を観たものだから、余計にこの違いにも衝撃的だったのだ。『IT/イット“それ”が見えたら、終わり』(2017)のほうがよほどまだマシかもしれない。『IT』がそれほど衝撃的ホラーとも思ってはいないが、『ブレードランナー2049』の進化の無さには、かなりの忍耐力で鑑賞しないと、うっかり眠り込んでしまいそうだった。『アトミック・ブロンド』には、『ドライブ』(2011)『ラ・ラ・ランド』(2016)のライアン・ゴズリングさえも顔負けだろう。トム・クルーズ似の凄腕アクション俳優にも変幻してしまうシャーリーズの気魄には、さすがにライアンも舌を巻いたに違いない。

そういった意味でシャーリーズ・セロンの『アトミック・ブロンド』は、手応え充分なオーディオ・ホームシアター鑑賞には持って来いの良い作品ではなかったかと思っている。音質、映像、アクション、これらは抜群だった。ただ、スパイ映画としての物語性においては、複雑なのか、わたしが耄碌して、ついてゆけなかっただけの話かもしれない。わかりやすく簡単明瞭な筋書きもあってもいいのではないかと思った。しかし、一場面一場面が単純なので、何となく面白くのめり込んでしまい、それがまたこの作品の魅力ではなかったかと分析している。

(2018/03/12)



Prologue
ドルビーアトモスやDTS:Xを完備した映画館では、なぜ不快なほど高域ばかりに包まれた耳障りな音響に包まれてしまうのだろう。いったい気持ちのいい低域はどこに消えてしまったのだろうか。けたたましい残響音の原因は、きっと館内のPAアンプかAVアンプの性質に原因でもあるのではなかろうか。300席の広い空間を満たす音響設備は確かに360°のサラウンドと上から来る体感音場を実現するかもしれないが、なぜか心地いい低音が不在がちなのはどうしてなのか。

仕事がら、いろんなアンプを聴いて来たので、つい、どうしても音質が気にかかってしまうのだ。わざわざ遠くのドルビーアトモス完備の映画館まで足を運ばなくても、自宅のオーディオアンプであつらえたホームシアターのほうがよほどしっくり来る。何度映画館で鑑賞しても、同じ映画を自宅のオーディオ・ホームシアターで体感したほうが感動してしまうのはどうしてだろう。むしろ狭い部屋(十畳)だからこそ、臨場感と自然な音域が繊細に満たされるのかもしれない。マーティン・ローガンのスピーカーが27年間も現役であるのも奇跡で、これが最も功を奏しているのだろう。もちろん映画の大半はブルーレイで鑑賞。ディスクの世界ではDTS:Xよりもアトモスのほうが少し凌いでいるように思われる。特に最近の大作映画には圧倒されがちだ。最近自宅で観た 『ワンダーウーマン』(2017)の3Dブルーレイは最高の映像と音質であった。自宅の音響機器にはまだまだ課題がいろいろあるが、映画の魅力はこれからもずっと尽きないに違いない。そして映画館でも鑑賞した『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』(2017)も大変面白かったから、BDが販売されるのもとても待ち遠しいところだ。

(2018/01/09)

文・古川卓也





制作・著作 フルカワエレクトロン

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