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『タイタニック』 (1997米 189分) 1997年の 『タイタニック』 は、これまでの「タイタニック」映画とは遥かに凌駕するものだ。史実やドキュメント、ストーリーといったノンフィクションあるいはフィクションといった一冊の書物に納められるようなラインでの評価を、到底わたしには出来ないし、したいとも思わない。また、とても映画論評できるような立場でもない。この映画を鑑賞し、一人の観客としてここにこの映画を観た思い出のようなものをただ書き留めて置きたいだけだ。「タイタニック」について検証するなら、世の中にはすぐれた書物、文献・資料がたくさんあるようだから、そちらの方面で研究すればよいだろう。 主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット、監督はジェームズ・キャメロン、そして音楽はジェームズ・ホーナー、エンディングの歌はセリーヌ・ディオン。ありとあらゆるキャストが今世紀末に空前のスケールで以って豪華絢爛に、そしてヒューマニティーやラブ・ロマンスを見事に結集製作したアメリカ映画ならではの超大作である。映画という枠を映画文化にとどまらずに、まるで巨大な記念碑的な建造物でも建てたかのような、いや、紛れもなく「タイタニック号」という豪華客船を1997年に造船したことには間違いない。そしてそれを現実にも沈没せしめたのも事実なのだ。監督の意思も働き、CG技術だけではとてもすまされない史実の重みが、この映画へさらに拍車をかけて加わっている。容赦のない映画製作なのだ。この映画に携わったありとあらゆる俳優・スタッフなど全員が、コツコツと苦労に苦労を重ねて、莫大なる製作費や日数をかけて作り上げた情熱が、途轍もなく偉いのだ。物語以前のセッティングが何より凄いのだ。われわれの目に見えないところで見事に製作しきっている楽屋裏が、また偉いのだ。悲劇は悲劇として、ある意味では、映画世界を超越した大事業だっただろうと思う。 なるほど乗客にはそれぞれの人生に物語はあったに違いない。だからと言って、その物語を鼓舞するほどに華麗であったかどうかは、それら真実は1912年まで溯ってみるしかないだろうが、その沈没した事実と、この映画のあくまで価値論とは、まったく違った視点で話されるべきものであろう。 時は1912年4月10日、豪華客船タイタニック号はイギリスのサウサンプトンを華々しく出港し、ニューヨークへ向かう北大西洋横断処女航海中に、4月14日午後11時40分頃氷山に衝突して、数時間後の4月15日深夜午前2時過ぎに全長268m(映画上では236mのほぼ原寸大のものがメキシコのバハで新しく作られたスタジオで再現された)もあった船体を真っ二つに割って沈没。乗客乗員合わせて2223人中1517人が犠牲となった。 物語があるとするならば、史実は史実として受け止め、映画上でのヒロインたちと共に時間を過ごし、映画を観ながら3時間9分という映画の中に溶け込むことが、文句なく最上の感動に浸れる思い出となるはずだ。分不相応な論評はわたしには不要である。豪華客船タイタニック号に乗れて、レオナルド・ディカプリオの演じる三等船客の貧しき青年画家ジャックと、一等船客で上流階級の富豪の令嬢を演じる美しきローズ(ケイト・ウィンスレット)が展開してくれるストーリーの流れ、それ以外に添えられるような言葉は今は何もない。当時、映画館で2回、買った字幕スーパーのビデオテープで3回、この映画を観て来たが、上映されてから3年の月日が経とうとしているが、いい映画というものは何年経とうが、いつ観ても新鮮で感銘できるから本当にわれわれは幸せである。
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(2000/05/08) 文・ 古川卓也 |
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