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電気職人奮闘記

    ひょろっぴい
    強電から弱電の世界まで携わった電気工事士の音響工学概論
      理論と聴覚感性の相違について
    水神太鼓 Photo Gallery
    映画『その女諜報員アレックス』のドラムサウンド
    水神太鼓 Photo Gallery(スライドショー)

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ひょろっぴい

ガリガリに痩せた洗濯板のような胸、そして枯れ木のような腕と足の小学生姿がこのわたしだった。生まれた時から父はおらず、その後に兄弟もなく、母一人に育てられ栄養失調だったひょろっぴいのわたし。保育園の通園時にも小学校の通学時にも朝早くから仕事に出掛けていた母の姿はなく、夜遅くに帰宅した時にだけ親子の団欒(だんらん)が少しあったように思う。保育園にも小学校にも一人で歩いて通園通学をしていた。当時の自宅は市営住宅の粗末な家で、近所の人達はみんな家族のように接してくれて、のどかな大自然の丘陵地帯にわたしは育まれ、自然に生息していた昆虫や生き物の大部分がすべて友達だった気がする。赤とんぼの群れや蛍もいてバッタの豊富な種類を捕まえては遊んでいた。満天の星と澄みきった青空と美しい夕焼けの見える丘陵でわたしは少年時代を過ごして来た。桜並木には夏になると蝉の宝庫で、山鴬は今でも毎年春を迎えると「ホーホケキョ」と鳴く。丘陵の木々は今もたくさんあって、ずいぶん新しい家々も建ち並ぶが、今風のオシャレな新築はけっして景観を壊すこともない。豊かで優しい環境は人の心もキレイにしてくれるのであろう。

わたしが小学5年生のとき突然現れた父親のことはさておいて、この「電気職人奮闘記」における主旨にはわたしが言いたいことがあって、このようなケッタイな表題を付けたわけだが、自分の職歴を振り返ったときに、何がよくて何がわるかったのか、反省と失敗の連続も時に大事な要素あるいはスキルにもつながるのではないかと思ったからである。その根底をなすのが幼年期や少年期の遊ぶ力ではなかろうかと推測している。子供の時にどれだけ遊ぶかで、それがさまざまな形で現われるのではなかろうか。遊び方にもいろいろあるが、自分の運動神経や反射神経、頭の回転、いわば頗る健全な遊びのほうがのちのち大人になってゆくにつれて有利に働くと思えるからだ。例えば、ガキの頃に木登りを征服したことがあるが、どんなに樹が高くても太い枝さえあれば、よじのぼって、てっぺんまで来たら征服感に漲っていたものだが、松や杉など途中に枝が無いものはやめたほうがよく、まあ落っこちるのが関の山だろう。赤松の松脂(まつやに)が手に付いてしまうと結構厄介だし、樹木には蜂もいるから刺されたらそのまま痛みをこらえてその場から一気に下山(下木?)するしかない。ガキ小僧のわたしも刺される度に近所の家に駆けこんではアンモニアで治療してもらっていたが、それがまた鼻の奥まで痺れるようにツンと来て泣いていたものだ。何が危険でどんな痛みだったか体験したことで、自己防衛力は自然と備わっていったようだった。やがて筋肉の必要性も知り、忍耐力も身に付いていったように思う。スポーツだけが運動神経を育てるのではないし、勝負とは、スポーツ競技やゲームなどで打ち勝つことではない。相手を屈服させるだけの人生がいかにつまらないかを知ったほうがよい。

同じ年の大事な親友をわたしは二人失くしたが、一人は30歳の時、もう一人は42歳の時で、いずれも小学5年生の時の同級生だった。亡くなったときの悲しみは永久に今も消えない。車の前に飛び出して来た子供を咄嗟によけて、自分が疎水の側溝に落ちて死んでしまったのだった。もう一人は三角関係がこじれて(むご)い死に方をしてしまっていた。人間関係はもともと難しいものだが、欲張らずに何事も分にあった平凡な暮らしは思った以上に素敵なものだ。カネに執着して翻弄されるような生き方は、いずれ身を滅ぼしがちではある。仕事らしい仕事をして、汗水垂らして働くことは最も人間らしい。詐欺を仕事と思っている者は、いずれ地獄に堕ちる。自分の最も好きな仕事は長く続くし、好きになってゆくのも仕事である。わたしは自分の過去の職歴に何も誇れるものがなかったので、最低10年の経歴を持ちたくて、電子部品販売の実店舗で11年、当ネットショツプ「フルカワエレクトロン」で26年目、合わせて37年間ほど電子部品販売をやって来た。地味な仕事ではあったが、毎日が楽しいのは大変よかったと思っている。失敗や反省の繰り返しだったが、それはいつの間にか特別なスキルにもなっていたといえる。

若い頃、職業を転々と変えながら食いつないでゆくうちに、やれ「腰が軽い」だの「役に立たん」だの言われて来たものの、内心では「こんな仕事はオレには向かん」と傲慢さや文学的自惚れが支配しており、今から思えば、そんな自分がおこがましいイヤな奴だったといえる。碌に仕事も満足に出来ない生意気な青二才であったことだけは確かだ。謙虚さの足らない食えない奴。

印刷工場、廃品回収場のプレス工員、染物工場、染織図案の見習い、エレベーター・エスカレーターの保全作業、ミシンのセールス、不動産ホテルの会員電話セールス、複数の電気工事会社を転々、JR新幹線・在来線の保全作業、そして電子部品販売の電機会社、独立して今の電子部品販売ネットショップを運営。ざっとこれらが今に至る大筋の職歴ってわけだ。年齢と共に晩年になると取り返せないものも多々あるが、職歴や肩書・経歴は人間の品定めとしては有効に働くかもしれないが、とかく人は見栄えのいい自分を飾りたがるもので、「まさかあの人があのような犯罪を犯すなんて信じられない」なんてことにはならないように節度は保ちたい。そんな頼りないわたしをいつも救ってくれていたのは、やはり世界文学であり日本文学であろう。世界にはこんなにも素晴らしい文豪や哲学者がいて、人の気持ちを和らげてくれることを作品を通じてわたしは知ったのだった。自分は何の才能もないが、詩を書いたり小説を書いたり、読書はわたしには無くてはならない習慣だった。自分の愚かさや無知は恥じることではなく、知って勉強してゆくことがどんなに楽しく素晴らしいことか、わたしはしみじみとそれを身を以て知っている。こんな自分が歳を重ねてゆくうちに、わたしには小説家願望や作家願望のみならず、いつからともなく「電気職人」になっていることを意識し始めていた。20代で取得した電気工事士免許や普通車運転免許、いろんな場数を踏んで来たことがまるで映画『ダイハード』シリーズのアクションとまではいかないにしても、暴走するエレベーターのカゴの上で急上昇・急降下を体験したり、映画『グラディエーター』のように自分の体重よりも遥かに重いチェーンブロックや長さ10メートルの支柱の太い丸太ん棒を担がされたり、持ち上がらないコンクリートのトラフを抱えさせられたり、走って来る列車に轢かれないように全力疾走でタワー車を押したり、100メートルを5秒で走らねば即死が待っているとか、列車を非常停止させたら1000万円の罰金だぞ、とか無茶苦茶な体験はわたしを狂人に変えたかもしれない。それでも自宅に無事帰宅すると、わたしはそんな一日をすっかり忘れて小説の続きを読んでいたっけ。



 強電から弱電の世界まで携わった電気工事士の音響工学概論
    理論と聴覚感性の相違について

それぞれが持つエンジニアの理論と設計回路には瞠目に値するものをいろいろ見て来たが、音楽世界にそれが通用するかどうかは、各個人の趣味によって異なるのは当然としても、あれほどの熱意を持ったテクノロジーなのに、ハードとソフトにこんなにも好みの乖離が生じてしまうと、このギャップが何に由来しているのか考えるに、人の聴覚感性が日常の暮らし方によって変容しているのがよくわかるのだ。音質がいいかどうかは、聴き比べてみるしかないが、ソフト側の楽曲によって優秀録音のものもあれば、そうでないものもあるわけで、特にこだわりのない作品は凡庸ですぐにわかる。オーディオシステムの違いで同一のCD作品でも、まったく異なる再生体験はよくあることだが、今回は特別に音元出版の季刊誌「オーディオ アクセサリー」No.187冬号(2023年1月1日発行)に特別付録されたCD「世界にはばたく高音質クラシック !! アールアンフィニ」と、あえて私の所蔵している「鬼太鼓座」と聴き比べてみて、検証ではなく聴覚感性で楽しんでみた。

西洋クラシックには無い日本太鼓の超絶な音響の存在にあらためて驚愕した話となる。世界のなかの日本ではなくて、日本の世界観に驚愕したのである。唯一無二の1.8メートルの大太鼓の皮をふるわす30Hz以下の超重低音の(ひびき)に今更ながら驚愕した音響工学概論となる。この生々しい再生音の共鳴は、オーディオルームならぬ演奏会場ごと目の前を突如、舞台演奏の空間に仕立てるのである。演奏場所は1976年埼玉入間市民会館、1978年新潟佐渡両津市民会館での収録となる。大太鼓を打ち続ける表側の皮は、裏側の皮をも震わせ、空気振動が周囲に響き渡り、その共鳴音は美しく澄みきった超重低音で人間の体を包み込み、度肝を抜くほど慄然と陶酔させてしまう。マーティン・ローガンのコンデンサ型スピーカーはフルレンジのパネルの前後にサウンドが出る立体音像なので、空気振動は部屋中に満たされてしまうのだ。高さ182cm重量49kgの縦型スピーカーで、フルレンジ・パネルの下側にあるスーパーウーファーは、建物ごと揺らす感覚に陥る。心地よい低域音のひびきは、これぞオーディオルームの核心といえよう。


音楽理論に精通していない私は単なる素人で、所有するオーディオシステムから聴くだけの聴覚感性に基づく概論を述べるにとどまるだろうが、「いい音してるなあ」とか「魂を揺すぶるじゃねーか」とか、この程度の耳であって、頭でっかちの測定データを分析して周波数(Hz)とレベル(dB)の関係をグラフで表示してみせる機器などは当然ながら持ってはいない。というか、そのような音質研究ラボは部屋には無い。音楽を聴き、映画をホームシアターのように鑑賞し、書棚の本を読み、パソコンで電子部品販売のネットショップを運営する仕事をこなしながら、世に中のいろんな素晴らしい作品に接するのを楽しんでいる無名文士、といったところだろうか。歴史小説や歴史論文、短編小説から長編小説まで長年にわたって書いて来たが、二十歳の時に大学サークルで「青裸」という文芸同好会に入って自分たちでガリ版を刷っては冊子にしていた頃から文学にどっぷりと浸かってしまい、それ以来、今日に至るまで文筆が止まなくなってしまっている。何やらいろんな世界に眼を凝らしている物好き、といったところだろうか。

視野を広げることで、狭隘な考え方は持たず、前向きな指向を維持し続けることで、人生を謳歌したいだけである。そうでなければ、とても小説など書けない。仏教経典は世界文学の一つだし、考え方が面白い。世の中には胡散臭い軽薄な教義もたくさんあるが、それは読者側の思考力次第で、選択は己れ自身の甲斐性にある。仏教経典も聖書もコーランも私は所蔵しているが、格調の高い文章には頷けるだけのものはある。また話の論点が脱線してしまったが、今はそれらのことはさておき、私流の音響工学概論に戻ろう。日本の大太鼓がいかに世界に比類なきものであるか、今回それを高音質の西洋クラシックと比べて如実に実感したことを述べてみたいし、スピーカー構造の違いで証明しようと思う。下のイラストは現在2023年3月時点での自宅のオーディオ配置図となる。



    決定的な違い

スピーカーのフルレンジ前後から音が出るマーティン・ローガン製スピーカー「SEQUEL Ⅱ」は、今回使用したCDアルバム「音太鼓座」の5曲目「弓ヶ浜」で決定的な大太鼓の威力が現われる。1曲目の「大太鼓」よりも激烈な超重低音サウンドが部屋を揺らす。体で聴くサウンドだ。まるでアトラクション感覚さえ覚えるものだ。超重低音の心地よい余韻に包まれ、その神秘的ともいえる響きは圧巻だ。この収録音も大変すばらしい。この「SEQUEL Ⅱ」のスピーカーが鳴り響く大太鼓の180cmサイズに匹敵しているから、偶然とはいえ面白いのだ。立体キューブの空気体積がまるごと大太鼓の共鳴体積を呑み込むが如くに匹敵しているというわけだ。絶妙な音の広がりがオーディオルームに溶け込んでいるといえるだろう。


オーケストラの打楽器ティンパニを4つ並べて音の高さを変えようが、日本の大太鼓が響かせる超重低音の響きにはまったく及ばないのは聴けば歴然とわかる。小太鼓のようなスネアドラムをリズミカルに鳴らしても、日本の豊富な種類を持った打楽器の小太鼓から(つづみ)まで、その打ち鳴らす響きの和楽器らしさは、これまた特徴のある世界無二の澄明な空気感を漂わすものだ。西洋と東洋を比べて論じたところで意味はあまりないが、伝統のある民族楽器を互いに受け継いでゆく価値は、世界共通の認識であろう。

「高音質クラシック」というものがどのように素晴らしいのかは、聴覚でなくて、あくまで楽曲のメロディーを伴っての話だとは思うのだが、私の心が鈍いのか、世界的活躍の奏者揃いの特別付録CD「アールアンフィニ」に関しては、なぜか特別に衝撃を与えてくれるような演奏クオリティを帯びていたとは思えず、付録程度だから、そんなものなのかと、クラシックに疎い私は、その内の1曲を除いて無反応に終わってしまった。古典クラシックへの盲目の尊敬の度合いが足りなかったのかもしれない。ただ、私も文盲ではないので、ある程度の好きなクラシック曲を何枚か持ち合わせてはいる。例えば、マーラー「交響曲第5番」(エリアフ・インバル指揮/フランクフルト放送交響楽団/1986年録音 デンオン・日本コロムビア 33CO-1088)、とか、ピアノ演奏がホロヴィッツのモーツァルト「ピアノ協奏曲第23番」(カルロ・マリア・ジュリーニ指揮/ミラノ・スカラ座管弦楽団/1987年録音 ポリドール F35G 20173)など。他にラフマニノフなども好きである。CDもレコードも数々ある。

写真
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確かに高額なストラディバリウスのようなヴァイオリン楽器を生演奏で聴くのは大変恵まれた貴重な鑑賞時間となるが、その音色の再生音をオーディオシステムで再現して聴き取れるかは所詮不可能かもしれない。スプルースという良質な木材を330年も寝かせて乾燥させ、強固な板を使って作られたストラディバリウスのようなヴァイオリンの真の音は、プロ奏者の耳でしか区別できないだろう。たゆまぬ音質追求があってこその名演奏も生まれるのであろう。楽器の追求もあって当然といえる。どんな曲であっても、高音質であればいいのかどうかはさておいて、私のような凡人の耳では、音質も楽曲もすべては出会いなのだ。こんな音でこんな曲に触れられるとすれば、この上もない幸せなのである。PCの音源であっても、そこからMP3の音源を拾い出し、CDからSACDハイブリッドへの今回のような「アールアンフィニ」収録の音源へと導かれる出会いは、意味深くはある。CDプレイヤー音の64倍の精度を持つスーパーオーディオCDことすなわちSACDプレイヤー音をまだ設備していない私には、ややこしいケーブル接続にいまだ躊躇もあるのだ。過去にハイレゾ音源が馴染めなかった経緯もある。あの低域がスカスカに聞こえてしまう光接続がイヤなのである。むしろナチュラルなアナログ音源からますます遠ざかってゆくデジタル音源に思えたのだ。有機的な自然音には草の匂いもあるし湿った空気密度の重みもあるのに、究極のデジタル音にはそれらがゴミかノイズにしか計算されず、無機質な試験管内の音源となってはいないか、その点がわだかまっているのだ。

理論上あり得ない波形なのに、聴くと、なぜか血の通っていない完璧さとでも言うべきか、聴覚感性との相性がわるいようなのだ。重低音の無い音源は私はイヤなのだ。時代遅れのレコードプレイヤーの音がノイズを超越して、なぜか心温かいのは、そこに正当なアナログ世界が残っているからかもしれない。現在の標準音圧レベル(dB)と等ラウドネス曲線 (ISO 226:2003)には表示されていないが、無意味と思えるレトロな感触は案外と排除してはならない要素なのではないだろうか。可聴帯域から外れる10Hz以下あるいは20kHz以上に存在する気密音圧をアグレッシブに追求するSACDの出現はここ最近以前からみられるが、ただ経済的余裕がなければ辿り着けないオーディオ世界ではある。私のようなバブル全盛期に青春を送っていた者には、どうしても音質もさることながら楽曲メロディーを優先しがちである。そして、あのバブル崩壊から徐々に無惨にも消えてしまった日本のオーディオメーカーの衰退から30年後、再び勢いに復活の兆しがあるものの、社会環境も大きく変わり、AV機器類も改良されてしまい、古い機器類は淘汰の波に沈んでゆくようだ。斬新で、いいものが生まれて来る一方、何か人間らしさをも奪ってゆく荒波に埋没してゆくのは確かな事実だ。温故知新は理想形ではあるが、長い日本の歴史で戦後の昭和に生まれた音楽文化の豊かさが、なぜか今の若者たちに魅了されてることはいいことに違いない。いい曲との出会いは、時にその人の人生を大きく変えてしまうパワーにもなるようだ。



出典:ウィキペディア


上図は現在用いられている等ラウドネス曲線(赤線)であるが、40フォーンの標準表示(青線)が1933年頃初期のラウドネス曲線で、この図を見ていると、人間の音に反応する性質もみえてくる。音圧レベルの表記は騒音レベルにも使用されるが、音響工学として利用するならば、聴覚特性として捉えるべきだろう。特性が感性になることで、人の受けとる感覚も変化する。作曲はそうして聴覚感性から生まれている。何も感じない聴覚感性は、時に音痴にもなりかねない。感受性の豊かさと天性の直感が、意外と名曲を作っているのかもしれない。14世紀から16世紀のルネサンスや18世紀から19世紀のクラシックの誕生には、そうした天才たちが特別な時代背景の恩恵にあったかとおもわれる。。そこには大自然の美しい大気と美しい大地が途方もなく広がっていたことだけは確かだ。環境破壊を産んでしまった現代では想像し難い、二度と取り戻せないほどの、地球の美しさに包まれ覆われていたことだろう。


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  水神太鼓 Photo Gallery 

(2023/04/10)
文・ 古川卓也





制作・著作 フルカワエレクトロン

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