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有帆菩提寺山磨崖仏 (1983年 撮影・古川卓也)



1983年(昭和58年)当時の有帆菩提寺山磨崖仏の写真です。筆者が撮影したもので今回初めて全体写真を公開します。その後、不遜な拓本収集家によって1988年(昭和63年)に石仏の苔が無謀なやり方で安易に除去され、洗浄されて、拓本がとられてしまい、今では苔むした石仏の面影は微塵もありません。苔や地衣類などの植物によって硬質な花崗岩の石仏が侵食されたり、亀裂や破壊をもたらされるようなことはありません。奈良時代前期に石仏が造立制作されて1250年間というもの、奇跡的に今日までこうして立ち尽くしているのです。永い歴史のなかで昭和以前までは山腹の崖にあり、樹林と苔むした姿が目立たず自ら身を守って来たとも言えます。

雨の日に苔むした石仏を拝むと、それはもう、えも言われぬ美しさをたたえていました。その美しさを思い出して書いた詩歌が下記の「12月の雨(山の石仏を詠む)」~詩集『砂丘のひまわり』です。




砂丘のひまわり
詩 古川卓也

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     12月の雨
        山の石仏を詠む

山もしぐれて小雨なれば石の御身も凍て尽きぬ
つめたき肌の喝食のごとくして誦経する姿なり
ひたひたと濡れ流るる衣の裾にたまさかの滴と
光明を得るも深き山のことなれば誰も知らざる

寒猿の声音をかすかに聞くも姿なく空耳と覚ゆ
捨てしものといつわざるものと相対の連理なり
いまわの際涯にありて岩の中より孔雀を見るも
幻にして飛翔するごとく岩の中よりとび去りぬ

果てぬ夢尽きぬ命しめやかなる日月の山道なり
松と空の鋭角にコンパスをひき霖雨に打たれし
しろき影の悠然として羽ばたくまぼろしなれど
ひたむきに映るは是空の姿なり然らばうつくし

山もしぐれて小雨なれば石の御身も凍て尽きぬ
ひかる岩苔の翡翠のごとくひたひたと流れ落ち
おみ足のつめたきにわが手の指を差し出づれば
羊歯の草叢に分け入りて甲斐ありと泣けるかも


(2006/12/14)


     冬の花

あたたかき夏の花を冬に見つけたり
冬の青空のもと砂の丘陵に花々は咲き誇りにけり
遥かなる原野に繚乱として
地の果てまで夢の如し

風もあたたかにして馥郁なる幻影の花なれば
限りある時をすくすくと過ごし
ゆらめきのなか満遍なく微笑むを見たり
うっとりと眺むればわが掌に(かしず)くかも

あたたかき夏の花を冬に見つけたり
冬の大地のもと砂の丘陵に花々は咲き誇りにけり
最果てなる荒野に力強く
幻影の如くして咲き乱れり

ここはいずこの天地なれど
忘却と虚仮に苛まれし現世はなし
ひたすらにあたたかなる青の時空を迎え
彼方まで歩みゆかんとするなり


(2006/12/06)


文・古川卓也
(2006/12/15)


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