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プロローグ
この話は世にも不思議な怪奇現象ではあるが、ある小さな家の大家族に、それは途轍もない大きな幸せをもたらせた愛と感動の物語でもある。それは2年前の2005年のクリスマス・イブにちかい、とても寒い寒い日の夜から始まった。夕刻から茶の間で子供たち5人が固唾を飲んで見入っていたアニメのテレビ番組に、いきなりひどいノイズが画面に侵入して来たのである。今までがキレイな画面だったので、それはもう憤懣やるかたない表情が子供たちの顔にも次第に出ていた。それでも子供たちは息を殺して食入るようにテレビを観ていた。私が横からちょっとでも声をかけたり、リモコンで番組を変えようものなら、子供たちから半殺しの目に遭うのは火を見るよりも明らかなので、私は普段と同じくそのままじっと我慢して黙っていた。
しかし、あまりにもテレビ画面がひどくなって来ていたので、ほんのチラリと子供たちの顔をのぞいてみた。これでは子供たちの眼も悪くなるので、ついに我慢しきれなくなって、「ねえ、おタマちゃん、テレビひどくない?」と私はおそろしく低い蚊の鳴くような声で言ってみた。案の定、8歳のおタマちゃんは険しい目付きで、目玉をゴロリと転がすようにして横目でギロリと一瞬だけ私を睨みつけた。すると、10歳のアランまでが、「しっ!」と口に人差指をあてて、私をたしなめて来た。5歳で末っ子のお雛様はテレビにいちばん近いところで、口をポカンと開けて、身動き一つせずに、お人形さんのように固まっていた。全員アニメを観ているのか、最悪なノイズと我慢くらべをしているのか、何だか不気味な気配ではあった。テレビの電波とノイズが、まるで子供たちをハイジャックしているかのような、そんな雰囲気だった。
アニメ番組が終わった頃には、テレビは最早テレビと言えるような状態ではなかった。テレビ画面は白と黒の斑点だらけで、まるで食パンが焦げてしまったかのような有様だった。いつの間に、こんなにひどくなってしまったのか、何だか得体の知れないものに感染してしまったようだった。「サンタさん。お水ちょうだい」と声がしたので、私が後ろを振向くと、白い斑点だらけのお雛様がニョッコリと首をかしげて私の肩にもたれて来た。「うわっ! ど、どうしたの、姫!」と私は腰が抜けそうになってしまった。よく見ると、おいしそうな生クリームの斑点が、お雛様の顔中にくっ付いていた。「おにいちゃんのケーキ、頂いたの」とお雛様。「おい。アラン、アラン。姫がお前の分まで食べちゃってるじゃないか。お前の分はもう無いんだぞ」と私。「オレ、甘いのあんまり好きじゃないし」とアラン。すると、奥から「ウソだ」とミッキー。ミッキーとは中一の幹雄で、わが家の次男。そして繊細で気難しい性格のシャロンは中三の長女。とっても美人だけど、親子関係にはすでに溝がある。でも、いちばん兄弟思いがあるので安心はしている。シャロンもアニメが大好きなので、テレビのアニメ番組を兄弟たちと一緒によく観ているようだ。というよりも、小さい頃からアニメ好きな長女だったので、ほかの兄弟姉妹も自然とアニメの影響を受けていたのかもしれない。
というわけで、小さなわが家の1台きりのテレビをめぐって巻き起こってしまったノイズ奮闘記が、ここから始まったのだった。末っ子のお雛様は、顔にくっ付いたケーキの生クリームをちっちゃな人差指でペロペロと舐めながら、子供用の白雪姫が描かれた桃色の樹脂コップで水をゴクリと飲んでは、ゲボっとゲップを鳴らしていた。ミッキーの膝の上に乗って、ゲボ、ゲボっと繰り返していた。アランは「ちぇっ、何だよ、このテレビ、壊れてんじゃねーの」と今頃になってテレビのひどいノイズに気が付いたようだった。「サンタさんよぉ、早く直してくんない」と言い捨てて自分の勉強机に戻って行った。「どうしてくれんのよ。弁償してよね、サンタさん」と、お玉ちゃんまでがノイズに気が付いて、「ふん」とそっぽを向いてしまった。「そんな、私のせいじゃないんだからさ、そう怒んなくったっていいんじゃない。電波障害なんだからさあ」と言ったものの、その後、実は何日も夜間になると映像がひどく乱れていたのである。不思議なのは、冬でも、昼間になるとテレビはキレイに映っていたのだ。それが夕方になるにつれて、映像が次第に悪くなるのである。本当にこれは電波障害なのだろうかと疑い始め、電気屋の私はついに本腰を入れることになったのだった。2005年のクリスマス・イブは、こうして夜のテレビ番組が楽しめず、子供たちの逆襲が針の筵のように始まった最悪のイブだったというわけ。
(2007/12/13)
「幽霊」へ続く
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