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電磁界測定
「何かいるんじゃない?」とニッキーが上を見上げて私に言った。
「どこに? 何も見えないぞ」と私も夜空を見上げた。小さな家の屋根のてっぺんに二人とも上がっていた。
ニッキーは電磁波測定器のスライドスイッチをONにして、左手でそれを暗闇の空の方角に向けた。そして、右手で持った懐中電灯で測定器のデジタル表示を照らした。最初は2000μT(マイクロテスラ)つまり20000mG(ミリガウス)のレンジで測定していたが、数値が0ばかりだったので、まだ確かな数値は定まらなかった。測定レンジは20μTと200μTと2000μTの3通りあったので、それぞれのレンジで計測していた。
「ニコラス君、どうだい? どんな具合だ? 電磁波は出てるの?」と私が訊くと、
「そんなにせかさないでよ。暗くて数字がよく見えないなあ」とニッキー。
「サンタにも見せてちょうだい」と私。
「これ、なんか変じゃない」とニッキー。
「何が?」
「滅茶苦茶に乱れてるよ」
「ほれ、見せて」と私は、測定器のデジタル表示を覗き込みながら、
「こりゃ変だ! これ、壊れてるかも」と言った。
測定器はでたらめな数字を羅列して、絶えず数値と小数点を行き来していた。
しばらくして、ニッキーが「あっ」と小声で叫んだ。
「20で小数点が無いってことは、20では針が振り切れてるってこと? そんな」とニッキー。
20μTで小数点が無いってことは、一体どんな奴がとんでもない電磁波を出しているのだろうと私はぎょっとした。
「ニコラス君、あそこに何かいるのかね?」と私は真上を指差した。
「なんか雲みたいなのが見えるんだけど、ただの雲でしょ」とニッキーは言った。
「今、何か光らなかった?」と私。
「もしかして積乱雲? 雷の電磁波かなあ」とニッキー。
寒い冬の雷雲でも上空にあるのだろうか。雲間に稲妻のようなものが時折ピカッと光っていた。もうすぐクリスマス・イブだというのに、私たち親子は屋根の上でいったい何してるんだろう。もしも冬の雷雲から生じるノイズだとするなら、これは自然現象なのでどうすることもできないわけだが、でも、なぜ、わが家だけなのだろうか。近所の家の人達にも確認してみたが、どこの家もテレビの映像は冬の夜でも綺麗に映っているとのことだった。自分の家のところだけなのか、やはり、わが家の真上には何かがあるに違いないのである。何かがあるというよりも、何かがいるということなのか、私はだんだん寒気がして来た。
「ニコラス君、家の中に戻ろう」と私は言った。
「うん。でも、何か生き物の気配がするんだよねえ」とニッキー。
「ポルターガイストじゃないんだからさあ、もういいよ。風邪ひいちゃうよ」
「なんか、白いのが気になるんだよなあ。あそこ」とニッキーはあらぬ方角を指差した。
「えっ、どこ?」と私は上空を見上げた。
「あれ。いま、少し動いたでしょ。」
「ええっ? 何も見えないってば」
「うわっ、こっちを見てるよ。オレ、先に降りるから」と慌てたようにニッキーはハシゴから降りて行った。
「何にも見えないぞ」と私は言いながら、もう一度夜空を見上げた。雲の切れ間から星々がきらめいていた。冷たい星空の美しさが目に染みた。稲光りはもうしなくなっていた。ニッキーはきっと面白がって私を驚かせたかったのだろう。
「サンタさん。どうだったの? お化けでもいた?」とエプロン姿のママ。食器の後片付けをしている。
「ニコラスの奴、本当はこわかったんじゃないかな」と私は笑いながら、
「いたいた。でっかいお化けが現れたんで、すっとんでニッキーは家に引っ込んじゃったよ。ハシゴから降りるのが早いのなんのって。あいつ、もう自分の部屋に?」
「そうみたいね。でも、難しい顔だったわよ」とママ。
「サンタさん。ねむくなっちゃった」と私にすり寄って来た姫。私は姫をだっこして、「シャロン、シャロン」と呼びながら、「雛子を寝かせてくれよ」とシャロンに頼んだ。お雛様は早くも私の腕のなかで、すっかり寝込んでいた。かわいいかわいい私のお雛様は、うすく口元を開けて眼を閉じ、聖夜の天使だった。
「雛子はもう歯を磨いたの?」とママに訊くと、
「さっき磨いたわ」とママ。
ミッキーとアランは不気味なほど静かに宿題をしているようだった。というよりも宿題をしているフリのようだった。小三のおタマちゃんは妙な笑みで私の顔をさっきからじろじろと眺めていた。後ろに何かを隠してモゾモゾとしていた。見られたくないものを手にしているらしい。マンガを描いているのは知っているが、恥ずかしいのだろう。何を描いているのか見てみたいが、まさかこの私じゃないよね。私がノートを覗くのをなぜか警戒しているってことは、よほど見られたくない似顔絵かな。赤い三角帽子を被ったヒゲ面のサンタさんなのかな。
「おタマちゃん。ちょっとだけ見せてよ」と私が迫ると、
「いや」と言って拒んだ。
「だって見たいんだもの。おタマちゃんの絵は上手いから、今度は誰かなあって、興味が湧くんだよね」
「上手くなんかないもん」
「そんなことないよ。学校の先生も褒めてたもん」
「やだ」とノートを胸の前に出して抱き隠した。
「じゃあ、覗かない。そのかわり、誰の似顔絵か教えて」と私。
「ほんとに見ない?」と、おタマちゃん。
「もちろん。見ない見ない」と約束。
すると、おタマちゃん「うーん」と唸って、「パパ」とうつむきながら小声で囁いた。
「うれし!」と私。
「パパ、おタマちゃんのこと、大好き! よかった」と私。ついでに、
「こんど内緒で、気が向いたら、ちょっとだけ見せてくれる?」と言ってみた。すると、
「いいよ」と、照れるようにおタマちゃん。私の大事な大事な天使さん。
翌日、おタマちゃんは私にだけ、こっそりとお絵描き帳を見せてくれた。やっぱり私のヒゲ面の顔だった。瓜実顔というよりも、細長いヘチマの中に顔があるようだった。こんなに長い顔だっけ、と思いながら、目がパッチリとあいて、まるで竜宮城から帰って来た浦島太郎のお爺さんだった。ヘチマのサンタさんだ! こんな宝物の絵を描いてくれるおタマちゃんに感激して涙。
(2007/12/22)
「存在の定義」へ続く
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