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         幽霊

夏のあいだは昼間も夜間もあんなにテレビがきれいに映っていたのに、冬になると、きまって夜間だけ急に映りが悪くなるのは、一体なぜなんだろう。夕刻から翌朝の9時過ぎ頃までノイズがひどい。大体午後5時頃から小雪が舞い散り始めるような画面になって、次第にノイズがひどくなって来る。ノイズは細雪からしまいには牡丹雪に変わり、とても見られたものではない。アンテナが折れたり曲がったりしているわけでもない。アンテナは業者が新たにしっかりと取り付けたばかりだった。春になると多少映りもよくなるようだった。電波にもまるで三寒四温があるようだ。地上デジタル放送が普及するにあたって、従来のチャンネルを余儀なくチャンネル変更設定をし始めた一昨年の2005年12月以降から、どうも雪降り画面が出るようになったような気がしている。何か周波数の問題なのだろうか。アナログ放送のチャンネル変更はすべてUHFのチャンネルだった。VHFはそのままのチャンネルとなっている。2011年にはどうせ消えゆくアナログ放送だもの、地上デジタル放送優先のテレビメディア放送界にも、高画質高音質を売りにしたテレビメーカー企業側と一体になったビジネス戦略があって、大画面薄型テレビの波及経済効果を狙ったものなのだろう。最新型の大画面薄型テレビをわが家も1台買え、ということなのか。小さな家の大家族にそんな余裕はない。

それにしても、昼間は見れても夜間が見られないテレビは、買い換えてもそのノイズ現象は同じではあるまいかと思い、私は古い14インチのブラウン管テレビを倉庫から引っ張り出して、同軸ケーブルをつないでみた。もともと良く映っていたテレビだったので、ノイズ現象も一緒のはずだった。やはり、同じように映りが悪かった。昼間では古いブラウン管テレビも映りが良くなっていた。ということは、原因はやはりテレビ側ではないということになる。あとは何が考えられるのか、いろいろと考えてもみた。アンテナ取付工事をしてもらった時には、バッチリと良く映っていたので、ケーブルはあまり考えられなかった。屋外用のケーブルは新しいS-5C-FBの同軸ケーブルだったので、そんなに悪いケーブルではないはずである。壁の中の屋内ケーブルは5C-2Vだった。屋内ケーブルは雨露に濡れることもないので、そんなに傷むはずはない。むしろ屋外ケーブルの方がひび割れたりする可能性があるので、屋外ケーブルにも一応わずかでも損傷がないかどうか点検もしてみたのだ。風雪や台風などでケーブルがこすれそうな箇所を特に点検してみた。あやしいところには絶縁テープでテーピングしておいた。ケーブルが曲がるところにもひび割れがないか、注意もしてみたが、ケーブル全体としてはそれらしい異常はみられなかった。

春夏秋冬で、なぜ冬だけなのか。市内の小高い山に立つテレビ電波中継局の送信タワーに、何らかの気象条件や地形的環境の原因があるのか一瞬疑念も生じたが、そんなバカなはずはないと思い、それはやはり考えないことにした。では、ノイズ源の要素が送信側にないとすると、やはり受信側ということであって、受信側に的を絞って再度考察してみることにした。時間帯によって映りが悪くなるわけだが、意外なことに、冬の夜でも突然もとのキレイな画面になったりすることもある。そしてそのまま、深夜0時をすぎ、真夜中になってもキレイなままだったり、ある時はキレイな画面も束の間で再び悪くなったりすることもあった。わが家の上空にはノイズを発する幽霊でもいるのか。この現代に幽霊など存在するわけがない。必ず科学的根拠があるはずである。最近の映画にトム・クルーズの『宇宙戦争』というのがあったが、まさかねえ、宇宙からわが家に宇宙人が侵入しようとしているなんてなのは、きっと映画の観過ぎに違いない。そもそも宇宙を知るには地球のことをよく知らなければならない。私の学んだ限り太陽系の地球に他の銀河系から宇宙人がやって来れる確率は、光学的にも物理学的にも0%となる。物理と天文学を若い頃から学んで来たので、「宇宙人」という発想概念は人間の作り出したファンタジーとみるべきで、ファンタジーは人間が楽しく地球で生きてゆくための哲学であって肯定すべきものではある。それを映像化するハリウッド映画は、地球上の生物と生態系を善に変える人間文化の役割を社会に果たしているといってよい。したがって、地球人が想像している宇宙人は存在し得ない。

さて、わが家のノイズ源に戻るが、ノイズの原因はいったい何なのか、2006年の二度目の冬も同じ悩みは続いていたのである。大型家電量販店にそのノイズ現象を説明して相談もしてみたが、疑わしい要因を挙げたものにはすべて点検してみたが、やはりノイズ現象に改善はまったくみられなかった。子供たちも少しずつ成長して、私の悪戦苦闘にも理解し始めてくれていたのが、唯一何よりもの収穫だったろうか。だが、また今年も2007年の冬がやって来て、夜のテレビ番組がまともに見られないのは、私も含めて家族全員が失望しているのがよく判り、特に下の子供たちが可哀想でならなかった。冬の夜のノイズ現象は原因不明ではあったが、子供たちが冬の夜はあまりテレビを観なくなり、ある意味では、いい兆候ともなり、勉強したり本を読むようになったのが、結果としては良かったのかもしれない。しかし、私には数学の計算問題が解けないのと一緒で、テレビノイズの怪奇現象の謎解きが残ったままとなり、それをそのまま究明もせずに放置しておくことはできなかった。ところで、長男のニッキーは去年理系の大学受験に失敗し現在浪人中で、来春また志望大学の受験に失敗したら、きっぱりと大学はあきらめて地元で働くと言っているが、地方で就職するのもそれほど甘くはないわけで、どちらにせよ、とりあえずはもうしばらくわが家で一緒に暮らすことになっている。そんなニッキーから私にある提案を出して来た。ニッキーは長男の名前ニコラスからの愛称。

「ゴーストバスターをやろう」とニッキー。
「家のゴースト退治を一緒にやろうよ、サンタさん」と言いながら、ニッキーは自分の部屋から何やらを持ち出して来て、私の前に差し出した。それは随分以前に、私がニッキーに譲った電磁波測定器だった。マザーツール製の電磁界強度テスタ、EMF-823だった。電磁波の安全圏内は0.1マイクロテスラ(1ミリガウス)以下とされている。ニッキーが中学生だった頃に面白がって、いろんな場所や物体の前で測定していたので、それを息子に譲ったものだ。
「家のまわりをこれで測ってみるか」と私。
「こんな時に使わなくちゃ」とニッキー。
「そうか、これがあったか。隠し兵器だな。これで幽霊をみつけるか」
「でも、幽霊の正体が電磁波の発生源だなんて、聞いたことがないよ」とニッキー。
「ノイズが電波障害で、受信アンテナにこれを近付けたら、何か方向性が判るかも」と私。
「反応が強く出た方角に、幽霊がいるってこと?」
「ああ。そいつが何なのかは、屋根に上がってみなくちゃ、わかんない」
「ええっ、どっちの方角に幽霊はいるんだろう」とニッキー。
「夜になると、そいつは現れるからなあ。暗いのがきっと好きなんだ」と私が低い声で言うと、
「オヤジが先に屋根に上がれよな。ハシゴ、下でしっかり持ってるからさ」とニッキーがやや弱腰になっていた。
「ニコラス君、若い君が先でしょう。年寄りは上からひっぱってよ」と私。
「サンタさんは空からやって来るんでしょう。高いところは慣れてるし、お手本を見せてよ」とニッキー。
「うちのサンタさんは高所恐怖症だから、イブの日には歩いて来るんだよね。知らなかった?」
「なんだ、臆病なだけか」
「そう。とっても臆病なサンタさんなのだ」と私は、いやらしいヒゲ面の顔を浮かべてニコラスに微笑んだ。
「気持ち悪い」と、そんな私を()けてニッキー。

というわけで、今度、夕刻の薄暗くなる頃に二人で家の屋根に上がることになったのだった。

(2007/12/19)

「電磁界測定」へ続く

(2023/07/03)


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