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マドンナ   Rebel Heart
MADONNA Web Site (マドンナ・オフィシャルサイト)
文・CD撮影 古川卓也
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MADONNA  Rebel Heart Tour 来日公演
   さいたまスーパーアリーナ  2016年2月13日(土) 開場16:30 / 開演19:00

マドンナの世界ツアーが先月9月から再び始動している。レベル・ハート・ツアーは北米から始まり、モントリオール、ワシントン、ニューヨーク、ブルックリン、ケベック、フィラデルフィア、ボストン、シカゴ、デトロイト、アトランティックシティ、トロントと現在ツアー真っ盛りのようだ。ラスベガスやロサンゼルスやヒューストンなど経る予定のようで、11月には欧州へ飛んでケルン、プラハ、ベルリン、ストックホルム、トリノ、バルセロナ、そして12月にはロンドン、アムステルダム、パリ、チューリッヒ、マンチェスター、バーミンガム、グラスゴーで年内は締め括るようだ。そして翌年の2016年2月から再びレベル・ハート・ツアーはアジアから始まる予定とのこと。台湾、タイ、日本、香港、マカオ、マニラを経て、3月にはニュージーランド、オーストラリアでの公演となっている。いったいこれらのパワーはどこから来るのだろう。世界を席巻するポップの女王として、さすがに半端じゃない。今回のCD「レベル・ハート」に収録された曲の歌詞の翻訳を読んでいると、日本では決して許されない言葉の羅列が随所に踊りまくっているから、禁断の歌詞ともいえる。ルールの殻を打ち破った自由奔放な意思の表現であって、これぞマドンナの媚薬を得意とする哲学的表現なのであろう。映画であれば、さながらPG-12に該当といったところか。まあ、英語歌詞を聴いてもよく判らない日本人の私にとってはどうでもいいことで、曲のビートに注目しているだけではあるが、新しいノリノリの音楽ならば新鮮な気がする。まだアルバム全曲を2回しかちゃんと聴いていないので、もっと深く曲を探求してゆくつもりだ。

車の運転には欠かせなくなったマドンナの音楽に、また一枚、彼女の新たな息吹のメロディが追加されそうではある。マドンナのボーカルを取り巻く周囲の演奏やラップ風の音色、黒人女性たちのハードでキュートなバックコーラスとも重なり合って、すべての音響演奏イルージョンが実にたまらない。彼女の反逆精神が何であるのか、歌詞はストレートに発揚し、音楽を包み込む中心にあるのは紛れもなくマドンナの過激なハードコア。そこには時に男女のたわごととはかけ離れて、政治や宗教にも波及する。言いたいことが言えなくなってしまった今の日本の社会風潮とは全く違って、堂々と反逆の限りを絶句し、言論の自由を謳歌しているのは見事だ。ちまちまと詭弁を長ったらしく露呈する政治家にもマドンナの刃は鋭く差し向くこともある。政治家の前に男らしさがあるのかないのか、胸を切り開いて本心を探ることもありだ。女は単純、だから男も単純になれと。単純でないフリをして、いったい私をどうごまかそうとするの、とマドンナは男に迫る。先日、本屋で久し振りに小出裕章さんの新刊を見つけた。『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』(2015年 毎日新聞出版)という題名だ。何かに怖気づいて黙っている日本国民も多いと思うが、小出さんのように正直に日本の危機を憂う学者は少ない。マドンナの音楽世界とは生きるスタンスが違うが、言いたいことを言う勇気はどちらにもある。そして、発する言葉と行動が同じところにも二人は共通しているといえる。住む世界が違っても、自由意思を愛することには変わりない。逆に自由意思を持たないということは、国の奴隷なのかもしれない。まして民主主義というものは、そこには仮想すらない。生きてゆくことがひたすら虚無へと向かい、堕落してゆくしかない。それゆえ、音楽を愛し、言論の自由は誰からも妨げられたくないものである。勇気と愛を最も大事にしたマドンナの世界はいつも本当にすばらしい。

(2015/10/07)

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制作・著作 フルカワエレクトロン